あなたしか知らない
その話を聞き終わる頃には、凌の心から祐奈への疑念は消え去っていた。
母親のために自分が愛人だという汚れ役を引き受けていたのだろう。
優しい祐奈なら、純粋に想い合う母親と広宗を守ろうとしたはずだ。
「凌、お前と祐奈さんは……」
広宗が心配そうに凌を見つめている。聡い義父のことだから、なにか気が付いていたのだろう。
「好きでした。いや、愛し始めていたんです、彼女を」
「やはり……あの日から、君たちの間になにかあると思っていたんだ」
広宗は苦しそうに項垂れた。
「許してくれ。私は自分の想いを優先させてしまったんだ」
苦しそうに謝罪する義父の顔を見ても、凌には怒りなど湧いてこない。
すべてをぶち壊したのは自分だと凌は思った。
「よしてください、お義父さん。あなたはなにも悪くない」
自分の幸せを犠牲にして、亡くなった兄のために会社を引き継いで母と凌を守ってくれた。
死を目前にしている愛する人を大切にしたとして、どうして責められるだろう。
しかも形式だけの妻は夫を裏切っていて、夫婦関係は最悪だったというのに。
「祐奈さんをエドモントンに行かせたのは私だ」
「えっ?」
「あの頃の彼女は、生きる希望を失ってしまっていたからね」
「そんな……」
祐奈をそんなふうにしてしまったのは、凌だ。
「帰国して、新しい会社で働いていると聞いたよ」
「はい」
「凌、祐奈さんを頼む」
***
義父の言葉がなくても、凌はそのつもりだった。
彼女にもう一度会いたかった。許してもらえるまで誤りたい。
(もう遅いだろうか?)
白石家のパーティー会場で彼女が自分を見た時の醒めきった目。
『はじめまして』という言葉からすると、凌との過去をなかったことにしたいのだろう。
(祐奈……)
時間は流れても、凌の心にはまだあの頃のままの祐奈への想いは残っている。
白石家で再会したとたん、京都での日々が蘇ったほどだ。
(今度こそ、愛していると言わせてくれ!)