花嫁は婚約者X(エックス)の顔を知らない
「お帰り〜。寒かったでしょー!」

寮母の太田さんがタオルを持って出迎えてくれた。

「食堂に温かいスープや飲み物を用意してあるから温まってから部屋に戻りなさいね!」

「はい。ありがとうございます。」

コートの雪を払うと床が濡れない様に玄関で脱いで食堂へ向かった。
温められた食堂の部屋からはクラムチャウダーのいい香りがしていた。スープボウルにクラムチャウダーをよそうと1番近い席に座った。スープを一口飲むと温かい物が身体の中心を通っていくのがわかると同時に身体の力が抜けていった。

 今日はずっと真宮くんに振り回されてばかり…。

間違いとはいえキスされて、体調が良くないのに雪の中、わざわざ誕生日プレゼントのお礼を言いにきてくれて、抱きつかれたり…。
いつもあんなに態度が悪いのに誕生日プレゼントひとつでわざわざお礼を言いにくるなんて、普通にいい子じゃないか。
本当に彼の考えがわからない。

あんなふうに抱きしめられては真宮くんにとっては普通のスキンシップであっても経験の無い私をドキドキさせるには充分だ。
私にも彼にも婚約者がいるので意識したところでどうにもならない。その上、真宮くんは私と違って相手のことをちゃんと好きなのだ。

「はぁー…」

ため息が溢れる。
キスのことは覚えていないだろうし、彼にとってハグすることが日常なのであれば私がする事はいつも通りにするしかない。
何も意識せず普通に友達として…。
好きになってはダメな人。
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