花嫁は婚約者X(エックス)の顔を知らない

閉じ込めた気持ち

熱があるにもかかわらず長時間雪の中にいたので真宮くんはあの後直ぐに入院になったそうだ。
『あいつは一体何をやっているんだっ!』と柳くんがめちゃくちゃ怒っていたと咲良さんから聞いた。
そして、アメリカに行かずに済むように体調が悪くなるまで睡眠を削って仕事をしていたのに、結局、退院後にはすぐにアメリカに呼ばれたそうで、学校に来ないまま飛行機に乗り出発してしまった。そのおかげで顔を合わせることがなかったので、変に意識して普通に会話ができなくなるなんて事もなく、この期間が私にはとても有り難かった。

先ほど寮母の太田さんから婚約者からの荷物を受け取ったのが、開ける気になれずしばらく贈り物の箱といつもの小さなブーケを眺めていた。いつもなら好奇心からのぞき込んでくる咲良さんは実家に用事があると出かけていた
お父さんと婚約者へはデパートで買ったチョコを用意していたので、お父さんにお願いし、婚約者へ渡してもらった。
ちゃんと受け取ったと言うメッセージなのか、2月の贈り物には『君の甘さも味わいたい。君の婚約者より』と相変わらずキザなセリフが書かれているカードと口の開けられたチョコ写真がついていた。
婚約者からの贈り物を開けるとスノーボールが入っており、ドームの中には高層ビルと自由の女神があるのでニューヨークの街だとわかる。
台座部分にはI♡NY(アイラブニューヨーク)と書いてあるのでもしかするとニューヨークのお土産なのかもしれない。

 ニューヨークは仕事で行ったのかなぁ…。

何度も逆さまにし暫く眺めていたが、キラキラと舞い落ちる雪がバレンタインの日のことを思い出させ胸が苦しくなる。
間違われたとは言え私は真宮くんにファーストキスを奪われてしまった…。あの時の笑顔の相手が私であれば良かったのに…。誕生日プレゼント一つであんなに嬉しそうに会いに来てくれた。水族館へ行った日、クリスマス日、クルーズパーティの日。彼と過ごした日がどんどん甦えり、もう、彼の優しい笑顔しか浮かばない。いつもあんなに口悪く面倒なやつなのに…。

 ああ。

 そうか。

 私、真宮くんのこと好きになっちゃったんだ…。

皮肉にも婚約者からの贈り物で彼への気持ちに気づくなんて…。
卒業後は婚約者との結婚が決まっている。この気持ちはあってはいけないものなのだ。

今気づいてしまった感情を閉じ込めるかのようにスノーボールを箱に戻し机の引き出しへ押し込んだ。これを見ているとどうしてもあの雪の日を思い出してしまうから…。
彼には好きな人がいて、その相手は婚約者。
…そして、私はただのクラスメイト。
好きになってはダメ…。
自分に言い聞かせるように心の中で何度も何度も呟いた。
胸が苦しくなって涙が溢れる。
早く落ち着かないと…。
いつ咲良さんが外出から戻ってくるか分からない…。
泣いた痕が残らないように目をこすらずにそっとティッシュに染み込ませた。
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