惑溺幼馴染の拗らせた求愛

 栞里に促され麻里は店のバックヤードに向かった。調理場の隣にある短い廊下の先には勝手口があり、外に出られるようになっている。バックヤードには普段からゴミ箱や潰した段ボールを置いている。
 お世辞にも綺麗とは言えない空間だが、明音はブランド物のスーツが汚れるのを厭わず地面に腰を下ろして待っていた。

「待った?」
「遅い」

 驚くほど短い秋が終わると風は一層冷たさを増し、コートなしでは日中は出歩けなくなった。雨を防ぐ屋根もなければ風を避ける壁もない吹き晒しの場所で二時間も座り続ける忍耐力は評価したい。暖房の効いたコーヒーショップで時間を潰せばよいものを、わざわざ店の裏で待つなんて律儀な男だ。寒さですっかり色が変わってしまった紫色の唇に思わず同情してしまう。

「コーヒーでも飲む?残り物だけど」

 廃棄するつもりだった作り置きのコーヒーを取りに店に戻ろうとすると、明音が麻里の腕を引いた。

「……返事は?」
「何度プロポーズされても結婚しないってば。さっさと他に良い人見つけなよ」
「嫌だ」
「もう、また子供みたいなこと言って……」
「麻里でなきゃ意味がない。絶対に幸せにする」

 誰が聞いても喜びそうな歯の浮きそうなキザな台詞も麻里にとっては耳にタコ。もういい加減に聞き飽きた。

「今は結婚なんて考えられない。それに私は自分の幸せは自分で見つけたい性格なの。幼馴染なんだからそれくらい知ってるでしょう?」

 お決まりのやりとりも既に九度目だ。不毛な話し合いの着地点はいつも決まらない。
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