殺すように、愛して。
 ぐらぐらとした思考の中、まだ腹の中で蠢いているように感じる他人のものが、自分たちの存在を忘れるなとでも言わんばかりにショックな現実を突きつけた。途端に、酷く気持ち悪くなる。輪姦されたことを思い出したら動悸がして、また吐き気を催した。実際に出るものはなかったが、出そうな何かは喉に痞えていて、息が、乱れた。

 ピンクが抜けた視界、黛の声だけを拾っていた聴覚。甘い色も音もなくなった俺の体に、リビングの方から微かに漏れているテレビの音や話し声が突き刺さった。誰も俺に気づいていないが、もうそれでいい。両親に至ってはもともと俺の心配なんかしていないだろう。姿を見られたところでおかえりもただいまもなく、ただゴミを見るような目で睨めつけられるだけだ。理不尽に口や手を出されることもあるため、両親に気づかれていいことなんて一つもなかった。由良なら気にかけてくれるかもしれないが、虚無を感じてしまっている俺の情けない姿は見せたくない。

 7月で暑いはずなのに、水を浴びせられたせいかどこか寒く感じ、心が痛くなる。体が痛くなる。この家に俺は住んでいるはずなのに、他人の家にいるような疎外感を感じた。一人だけ、異質なものとして存在しているかのよう。でも、悲しいかな、実際にそうだった。俺は、オメガだから、アルファでもベータでもないオメガだから、異質な存在であることは確かなのだ。
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