殺すように、愛して。
 泣かないでとも泣いていいとも言わずに、ありがとうとそれだけを伝えたら、後はもう由良が落ち着くまで俺は何も言わなかった。昨日から、いや、それ以前から、由良に支えられてばかりだったため、今度は俺が由良を支えようと、まだ多少のストレスを感じている体で、頭で、決意を固めた。

 発情期は、抑制剤によって随分と落ち着いている。隣の由良から、手元の黛のタオルから、アルファの匂いはするものの、理性を失うほどではなかった。少しの息苦しさや動悸は気になるが、それは発情の症状に他ならないから。然して問題はないだろう。

 涙を流して溜まっていた感情を発散させ、それにより気持ちが凪いでいくように呼吸が緩やかになった由良は、ごめん、ありがとう、と純粋な感情を俺に伝え、食べやすいものをと思って雑炊を作っておいたから、一緒に食べよ、と泣き腫らした顔を隠すように俺を見ないまま早口にそう告げ、ソファーから立ち上がった。台所へと向かう由良の気配を感じ取りながら、二階では応えられなかった由良の誘いを、今度は迷うことなく二つ返事で応える。

 昨夜のことは聞かなかった。聞けなかった。由良も何も言わなかった。言おうとしなかった。踏み入れてはいけない領域のように、お互いにそれに関して触れようとしないまま、俺と由良は、俺と由良を引き裂く両親のいない家で、両親の目を盗んで、親睦を深めたのだった。
< 65 / 301 >

この作品をシェア

pagetop