Honey Trap



「社会に出てからも困難は続くんだ」


ひとつ。

息を吐いて、男は続ける。


「今、おまえらが勉強が苦痛だったり、友達関係で悩みがあったり、将来が不安だったりするのは、青春時代には必要なことなんだ」


それぞれが、男の紡ぐ言葉を必死で拾い集めている。


「別に絶対、真正面からぶつからなきゃいけないわけじゃない。上手く躱したり、逃げることも時には必要だよ。もし。もし、どうしても自分ではどうにもできない困難があってそれが耐えられないくらい辛いことなら、誰か1人でいい。信頼できると思う人に…」





シンと静まり返った教室。

真剣な表情で男を見つめるクラスメイトたち。



……なんだろう。

このなんとも言い表せない気持ち悪さ。


途中から、私だけが異空間に取り残されたみたいな。

スクリーンを通してこの光景を見ているような。


「サインを出してくれ」なんて、無条件に生徒の信頼を得て、力になれると信じて疑わない胡散くさい熱血教師みたいなこと言う男が、知らない人みたいに遠い。



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