Honey Trap



なんだか無性に腹立たしくなって、日頃はその実力を低めに設定していることも忘れてひとつの隙もなく完璧に解説してやった。


「うん、よく予習してあるな。清水さん、ありがとう」


手にしていたチョークを戻すと、男が口を開いた。

爽やかに評する男に、悠然と笑みを残して教壇を下りる。


なにが「ありがとう」よ、瞳が笑ってないわよ。


(ほんと、喰えない男…)


私を動揺させるつもりが、涼しい顔でやってのけられたのが気に喰わないに決まっている。

それなのに余裕な態度で返されると、私の方がしてやられた気分になる。


どれだけ私がこの男を出し抜こうとしても、こうやって教師である男は一生徒に過ぎない私の上手に出る。


男を翻弄しているつもりで、もしかしたら男の掌で転がされているのは私の方なのかもしれない。


……なんて。

考えたところで意味のないものばかりを積み上げて、私は自分で始めたゲームの主導権を奪われるのを恐れている。



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