Honey Trap
「おまえなんだよ、あれ」
人気のない廊下の隅に向かった男は、壁にもたれて不遜に私を見下ろす。
あえて私の口から言わせようとするところ、ほんとむかつく。
上手く周りを操って、自分の思惑通りに他人を動かすような卑劣で最低な男だ。
「なんのことですか?」
すっ惚けた私の返答に、はぁー、とやけに深い溜息を返される。
眉を寄せた鋭い眼光の瞳には、自分がどう映っているのか読み取ることができない。
「テスト、本気じゃねぇだろ」
「そんなわけないじゃないですか」
「嘘つけ。あれのどこが本気だよ?最後の問題、あれわざとミスってんだろ」
「なんで、わざわざそんなことするんですか」
「どうせおまえのことだ。周りから浮かない程度に、ギリギリ優等生でいられるライン保ってんだろ?おまえの思考くらい読めんだよ」
男のペースに呑まれないよう、生徒と教師のスタンスは決して崩さない。
それに微細に苛立っているのが、落ち着き払った話しぶりの中に低く吐き出される声音に見て取れる。