とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
「ま、俺は優秀じゃないから」

さっきまでと変わらない軽い口調だった。

だけど、もうこれ以上は触れない方がいいということは、彼をよく知らないわたしでもわかった。
さっきまで笑っていたはずの目に、静かに影が落ちる。

短い沈黙。それを埋めるように詩優さんは口を開いた。

「この後さ、本屋つき合ってくれない?」

「本屋?」

「いまヤクザ物の漫画にはまっててさ。俺、漫画とか小説はぜったいに紙で買うって決めてるの。ゆきりんは?」

「わたしも同じかな。電子書籍って、なんか苦手で。場所をとらなくていいとは思うけど」

「そう、それ。周りからは嵩張(かさば)らないから電子の方がいいよ、って言われるんだけど、どうも俺は駄目なんだよな。
右手でページをめくって、左手側のページが少なくなってきてさ。
続きが読みたい、だけど読み終えたくない、ってジレンマを抱えながらページをめくるのが好きで。
あと、紙とインクなのかな。本の匂いも好きで」

「わかる。わたしも好き」

「だよな。いいよな。俺、嗅いじゃうもん」

「わたしも」

うんうん、と頷いて、自分が前のめりになっていることに気づいた。
軽く咳払いしてから姿勢を正し、わたしは小さなガレットをちびちびと食べ進めた。
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