とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
「たいしたことじゃないです。別れただけです」

 別れた。そう口にした直後、せわしなく騒ぎだした心臓に、自分で驚いた。

 わかりきった事実をただ口にしただけなのに、こんなにも動揺してしまうのか。情けない。なんて情けなくて、みっともないのだろう。

 棄ててしまいたい、なにもかも。

 みっともない自分も、余計な想いも、すべてすべて棄ててしまいたい。

 邑木さんは返事もまばたきもせず、じっとわたしを見つめた。

 男の人にしては大きな瞳に、くっきりとした二重。左右対称にきちんと整えられた短い顎髭と、こだわりのありそうな眼鏡のフレームに負けないくらいの目力がある(ひと)だと、はじめて会ったときから思っていた。

 だけどそこに愛嬌はない。あるのは有無を言わさぬような力強さと、少しの圧迫感。

 その視線から逃れたくて

「あったかいんですね」

 ピロートークなんてしたくなかったのに、口走ってしまった。邑木さんは不思議そうにまばたきする。

「あったかい?」

「手。邑木さんの手、あたたかかったです」

 ひーくんの手はいつもひやっとして、女の子のように華奢だった。悪さなんてできなさそうな、少しばかり頼りない手。

 見かけなんて見かけでしかないのだと、あの手に思い知らされた。あの手に容易く裏切られた。
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