勇者の幼なじみ
「こちらは、エマーナ王女でございます。ファラとやらにお話しされたいとわざわざこんなところまで足をお運びになったのです」

 従者らしい人がそう言って、私は驚いた。
 エマーナ王女といえば、この国の王女で、セフィルと結婚すると噂されている方だった。
 そんな方がどうして私に?

 突然のことに固まっていると、エマーナ王女が口を開いた。

「ファラと話がしたいの。二人きりにしてもらえるかしら?」

 営業中のパン屋で二人きりと言われても……とみんな戸惑ったけど、お父さんもお母さんもお客さんも店から追い出された。
 護衛が扉の前に立ち、従者はエマーナ王女の横に控えたままだった。
 エマーナ王女側の人間はカウントしないようだ。

「あなたがファラね」
「はい」
「突然だけど、お願いがあるの」

 そう言って、王女は眉をひそめた。悲しげな顔で私を見る。

「なんでしょうか?」

 嫌な予感がして、心臓が跳ねた。
 王女と私を繋ぐのはセフィルしかいない。セフィルになにかあったの?

「実は勇者様が魔王を倒したときに呪いを受けて、苦しんでるの」
「えっ! セフィルが⁉ 新聞にはそんなこと……」
「隠してるに決まってるじゃない」

 セフィルが苦しんでるなんて、居ても立ってもいられなくて、私はエマーナ王女を見つめた。
 ここに来たってことは私になにかできるのかしら?
 セフィルのもとに連れていってくれるかもとも期待した。
 でも、王女は思いもよらない話をした。

「それでね。解呪方法を模索していたところに、神託がおりたの。『勇者の幼なじみの女を神の花嫁にすれば、呪いは解ける』って」
「勇者の幼なじみ……」
「それってあなたよね?」
「はい。私が神の花嫁になれば、セフィルは助かるんですか? でも、神の花嫁ってなんですか?」

 意気込んで聞いた私に、王女はにこやかに答えてくれた。

「神の花嫁っていうのはね、ここから北のゴルダス修道院に入って、神にお仕えすることよ。男子禁制で、一生神に祈って暮らすので、神の花嫁って言われているの」
「一生……」
「ねぇ、お願い。勇者様のために、神の花嫁になってくださらない?」

 王女がすがるように私の手を取った。
 セフィルのために……。

「わかりました!」 
 
 私は躊躇なくうなずいた。
 セフィルの呪いが解けるなら、なんでもやると思った。
 それに、家族や友達と会えなくなるのはさみしいけど、どうせひとりで生きていくと決めたばかりだ。そこが修道院でも大して変わらないだろうと思った。 
 私の快諾に、王女はあっけにとられていた。
 こんなにすぐに返事をするとは思っていなかったのかな。

「本当にいいの?」
「はい。それでセフィルの呪いが解けるなら」
「ありがとう。助かるわ」

 エマーナ王女は感激したように、私の手を握り、ぶんぶん振った。

< 7 / 15 >

この作品をシェア

pagetop