※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?

16.君は友達(1)

 アグライヤの恋が実ることは無い。その筈だった――――。


「婚約を破棄されたんだ」


 友人ヴァルカヌスから放たれた思いがけない一言に、アグライヤは目を見開いた。彼の表情はいつも通り淡々としていて、まるで他人事のようにも見える。


「破棄されたって――――そんな、まさか。ウェヌス様側から破棄できるような話じゃ無いだろうに」


 動揺を抑えつつ、アグライヤは小さく息を呑む。

 ヴァルカヌスの婚約者であるウェヌスは国で一番の美少女とも言われている伯爵令嬢だ。人々の目を惹きつける華やかさと底抜けに明るい陽の気質を持つ。そのあまりの美しさに国中の男性が彼女の虜とも言われているのだが、不思議なことに女性にも崇拝者が多く、近い将来社交界を牛耳るものと見られている。
 対するヴァルカヌスは彼女に負けず劣らず端正な顔立ちをしているものの、多くを語らないどこか影のあるタイプだ。決して釣り合っていないわけではないが、水と油のように相容れない印象を受ける。

 そんなウェヌスがヴァルカヌスの婚約者になったのは、伯爵家がヴァルカヌスの家に多額の資金援助を受けているからだ。伯爵家が事業を行うためにはヴァルカヌスの両親の手助けが必須であり、家格的にも格下であるウェヌス側が婚約を破棄できる道理はない。


「いや――――彼女は王太子妃になるそうだ。そんな風に言われたら、こちらは引くしかないだろう?」


 そう言ってヴァルカヌスは肩を竦めた。アグライヤは数度目を瞬かせつつ同席していた弟と目配せをする。


(王太子妃か……)


 心の中で呟きながら、アグライヤは眉間に皺を寄せた。

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