※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
 ロゼッタを馬に乗せ、アビゲイルは道なき道を歩いた。
 空に向かって枝を広げる木々のため、太陽の光も届かない。このため、まだ昼間だというのに、辺りは薄暗かった。ついつい気持ちまで沈んでしまいそうになる。


(いけない。私がしっかりしなければ)


 アビゲイルは必死に首を横に振りながら、心を奮い立たせた。


「王女様、私このような素晴らしい自然、見たことがございません。我が国にこのような場所があったのですね」


 ロゼッタの心が少しでも救われてほしい。そんなことを思いながら、アビゲイルは笑う。ぎこちない笑顔だったかもしれない。けれどロゼッタは優しく笑い返してくれた。


「そうね。こんなことがなかったら、私はこんな場所があることを一生知らぬまま、祖国を旅立つことになってました。そう思うと、これは神が私に与えてくれた幸福だったのかもしれません」


 まるで神の祝福を受けたかのような美しい顔立ちに、清らかな心。主君の優しさに心から感謝しながら、アビゲイルは先へ進んだ。

 何時間ぐらいそうしていただろう。段々と木漏れ日が薄れ、夜が近づいてきたことが分かる。

 未だ、身体を休められそうな場所は見つかっていない。

 いつでも入り口に戻れるよう、アビゲイルは木に切れ込みを入れてきた。けれど、夜になればそれも難しい。手持ちの水も明日には無くなってしまいそうだ。


(どうしよう)


 その時、アビゲイルは目を疑った。

 ここからそう遠く離れていない森の中。一ヶ所だけ木々の途切れている場所がある。
 そこから薄っすらと煙が上がっているのが見えるのだ。


(人だ!人がいるんだ!)


 見間違いかもしれない。敵の可能性だってある。

 けれどアビゲイルはグッと手綱を強く握りなおすと、真っ直ぐにそちらの方へ歩いて行った。


「――――まさか森の奥にこんな場所があるなんて」

「ビックリですね」


 煙が上がっていた場所にあったもの。それは大きな塔だった。とても古い建物だし、蔦が巻き付いているものの、中には灯りが灯っている。


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