※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
「おい、落ち着けって」


 トロイはアビゲイルを宥めながら、平然とした表情を浮かべている。


「落ち着けるわけがないだろう!婚約破棄されたのは王女様なんだぞ!」


 アビゲイルは興奮していた。

 ロゼッタが王女であることはトロイにも、ライアンにも打ち明けていない。こんな風に取り乱しては主人が誰なのかバレバレではないか。頭のどこかでそう思っているはずなのに、止められなかった。


「私の王女様が!婚約を破棄されるだなんて!あの方が国のため……どれほどの想いで、自分の気持ちを押し殺す決心をしたと――――」

「アビー」


 我を失ったアビゲイルを、トロイがそっと抱き締めた。ふわりと漂う甘い香りに心が落ち着きを取り戻す。途端に目の奥がツンと熱くなって、アビゲイルはトロイの胸に顔を埋めた。


「大丈夫だから。絶対、全部丸く収まる。俺を信じろって」


 トロイはポンポンとアビゲイルの背を叩きながら、ニコリと微笑む。


「だけど、だけど――――」


 その時、二人の側を一台の馬車が通りがかった。

 とても造りの良い、高級感溢れる馬車だ。幾人もの従者が馬車の周りを取り囲み、護っている。まるで、王家の人間が乗っているかのように――――。


「アビゲイル!」


 馬車の中からそんな声が聞こえた。聞きなれた、主の声。馬車に乗っていたのはロゼッタとライアンの二人だった。


「おっ……ロゼリア様?」


 目を丸くして驚くアビゲイルを、ロゼッタは困惑の眼差しで見つめた。


「悪いけど、二人も後から付いてきてくれるかな?」


 そう口にしたのはライアンだった。アビゲイルとトロイに目配せをしながら、優しく微笑む。


「――――ナイスタイミングです、殿下」


 トロイはそう言ってニヤリと笑うと、颯爽とアビゲイルの肩を抱き、移動を促した。


(は?殿下?)


 何故ライアンに対し、そのような敬称を用いるのだろう。これまで全く、そんな素振りは無かったというのに。


(わけが分からん)


 そう頭を抱えつつも、アビゲイルは黙ってロゼッタの乗っている馬車の後に続いた。




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