【コミカライズ】年齢制限付き乙女ゲーの悪役令嬢ですが、堅物騎士様が優秀過ぎてRイベントが一切おきない

14 第二の指令

 次の日。

 ロベリアは今日一日、眠気と戦っていた。気を抜けばすぐに出そうになる欠伸をなんとか堪えて午後の授業まで終わらせた。

(眠すぎて刺繍の授業中、何度も指を刺しそうになったわ……。これも全部、ソルのせい……)

 昨日は、ソルの指示通りにアランを引きとめることに成功した。だから、てっきり今朝、ソルがまた部屋にやって来るだろうと思っていた。そこで、早起きをして部屋で待っていたが、結局ソルは現れなかった。

(情報を教えてくれるって言っていたのに!)

 職員室や研究室に行けば会えるのは分かっていたが、ソルは一つ上の学年の先生で、ロベリアと親しくするのはどう考えてもおかしい。しかも、呼ばれてもいないのに、職員室へ行き一人の男性教師を呼び出すのは、侯爵家の令嬢としても、とても問題があるような気がする。

(ソルに騙されたのかしら……)

 ため息をつきながら廊下を歩いていると、遠くにリリーの姿が見えた。隣には、レナと名乗っていて、美少女にしか見えないレグリオの姿もある。二人はキョロキョロと辺りを見回しながら、誰かを探しているようだった。

(どうしたのかしら?)

 ロベリアが片手を上げて『リリー』と声をかけようとした瞬間に、冷たいもので口を塞がれ、グッと後ろに強く引っ張られた。柱の陰に連れ込まれて、身動きが取れないように背後から拘束される。

「こんにちは、ロベリアさん」

 ソルの声だった。相手がソルだと分かっても、驚きすぎて心臓が早鐘を打っている。ソルはゆっくりと拘束を解くと、ロベリアの顔を覗き込んだ。

「うん、ひどく怯えた良いお顔です」

 ソルは満足そうに頷くと、銀ブチ眼鏡の奥に隠した狂気を宿した瞳が、嬉しそうに細くなる。

「先生はね、ロベリアさんのその怯えた瞳が好きすぎて、最近、貴女のファンクラブに入ろうか本気で悩んでいますよ。教師でも入れるんですかね、あれは」

 ロベリアは震える手を握りしめ、呼吸を整えなんとか口を開いた。

「先生……冗談は、やめてください」
「冗談じゃありませんよ。あ、もしかして、ファンクラブがあること知りませんでしたか? けっこう規模が大きいそうで」
「先生!」

 ソルは今度は口元だけで笑う。

「冗談ではなかったのですが、まぁ本題に入りましょうか。昨日はアランくんを引きとめてくださり、ありがとうございます。おかげさまで、アランくんへの疑いは晴れました」

「アランは媚薬売買の犯人ではないってことですか?」

 「はい」と頷いたソルは「では、次のお願いですが……」と続けたので、ロベリアは慌てて話をさえぎった。

「ちょっと、それだけですか!? もっと情報をください」
「幼馴染のアランくんは犯人ではない。それ以外の情報が貴女に必要ですか? なぜ?」

 聞いているのはこっちのはずなのに、ソルに見つめられるとなぜか尋問されているような気分になってくる。

「なぜって、前にも言いましたけど、この学園で起こることは、妹の幸せと私の命にかかわってくることだからです。先生はどうしてアランを疑ったんですか?」

「ロベリアさんは、この前、先生がウソをつく人の見分け方についてお話したことを覚えていますか?」

 なんとなくそんなことを言われたような気もする。

「人はウソをつくと、無意識に緊張状態になり身体に微細な変化が起こります。しかし、ごく少数ですがまったく緊張せずまるで息を吸うかのように自然にウソをつける人間も存在します。生まれ持ってのことなのか、鍛錬の末なのかは分かりませんが、アランくんはこの手のたぐいの人間ですね」

 アランのことを知れば知るほど恐ろしくなってくる。

「まぁ、簡単に言えば、アランくんは、どちらかというと、こちら側の人間なので、犯罪に手を染めていても私は驚きません」

(なるほど、ソルはアランの裏の顔に気が付いているから、アランが犯人かもと疑ったのね。それにしても、元護衛暗殺部隊の人間に『こちら側の人間』と言われるアランっていったい……)

 背筋が寒くなり、ロベリアは改めてアランには近づかないようにしようと決めた。

 ふと気が付けば、ソルの顔が近くにあり、驚きすぎてロベリアの思考は停止した。その様子を赤色が混じった琥珀色の瞳がジッと見つめている。

「ロベリアさんは、アランくんの裏の顔もご存じのようですね」
「……はい。まぁ、幼馴染ですので……」

 本当は前世の乙女ゲームの記憶で知っているだけだったが、その話をするわけにはいかないので、そういうことをしておく。ソルは納得したのか、近づけていた顔を離してくれた。

(はぁ、この人、本当に心臓に悪い……)

 ソルは、眼鏡を押し上げると、淡々と話を続ける。

「今、この学園で売買されている媚薬は、我が国では見たこともない薬品です。他国から輸入された可能性があると思いアランくんを疑っていました。アランくんの公爵家は、あちらこちらの事業に財政支援をしていますからね。この学園の誰よりも、輸入品を手に入れることが容易いでしょうから」
 
 ロベリアに「他に何か質問は?」と聞いたソルは、教師の顔をしていた。

「いえ……」

 ロベリアが首を振ると、柱の向こう側でリリーの声がした。すぐ近くにいるのに、向こうはこちらにまったく気が付いていない。

「お姉様、どこに行ったのかしら? せっかくレナにお姉さまの絵を描いてもらおうと思っていたのに」

 ふいに、ソルがロベリアの耳元に口を寄せた。

「次はレグリオくんを探ってください」

 予想外の人物の名前に、ロベリアは動揺を隠せなかった。

(レグリオ……世紀の天才と呼ばれる、ゲーム『悠久の檻』の攻略対象者の一人)

 レグリオは性別を偽って、レナという少女の振りをしている。そのレナは、今、リリーの隣を歩いていた。また、ソルがロベリアの耳元で囁いた。

「ロベリアさんは、今、どうしてあの少女を見たのですか?」

 ロベリアが『しまった!』と思った時には、もう遅かった。ソルが楽しそうにククッと低く笑っている。

「もしかして、貴女は私と学園長しか知らないレグリオくんの正体まで知っているのですか?」

 冷たい指がロベリアの首に触れた。助けを求めたくても、恐怖で声が出ない。リリーとレナは、柱の陰にいるロベリアに気がつかず、すでに立ち去っている。

「ロベリアさんは、本当に興味深いですねぇ。先生、こんなに楽しい気分になったのは久しぶりです」

 ソルの口元から漏れた熱い吐息が首筋にかかる。

「協力者の貴女に裏切られたら困りますが、貴女なら私を裏切ってもいいですよ。先生、お仕置きの仕方はたくさん知っていますからね」

 捕食者を前にしたような恐怖で、ロベリアの身体が小刻みに震えて涙がこぼれた。

「おっと、すみません。羽目を外して楽しみすぎました」

 よしよしとソルに優しく頭を撫でられると、余計に怖くて涙が出た。

「あらあら、困りましたね」

 本当に困っていそうなソルを見て、ロベリアの心は少しだけ落ち着いた。涙を拭いながら「先生、私はレグリオの何を探ればいいんですか?」と質問する。

「交友関係と、これまでの薬品制作の有無です」
「えっと、じゃあ先生はこの媚薬をレグリオが作ったと思っているんですか?」

「確証はありませんが、これが学園の外部から入ってきたものでなければ、内部の人間が作った可能性が高いです。そう考えると、こんなにも強力な薬品を作れる人間は、この学園内では、私かレグリオくんくらいですから」
「先生に協力します。だから、また何か分かったら私に教えてください!」
「分かりました。取引成立ですね」

 これで話は終わったと言わんばかりに、ソルは柱の陰から出て、そのまま一度も振り返らずに歩き去った。

 一人取り残されたロベリアは、安堵から足に力が入らず床に座り込んだ。

(私……おかしな方向で、ソルに気に入られてしまっているような気がする)

 ゲームのソルには、加虐趣味要素は描かれていなかった。主人公のリリーはソルの正体を知らずに恋に落ちるので、怯えることがなかったのかもしれない。

(私がソルに異常に怯えてしまうから、ゲームとは別の性格を引き出してしまったのかも……)

 そう思っても、怖いものは怖いのだから仕方がない。

(それにしても、アランの次はレグリオ? 『悠久の檻』の攻略対象者ばっかりじゃない)

 この媚薬売買のせいでリリーが危険な目にあってしまうかもしれないと思うと怖かった。それに、大切なリリーをこんな物騒なものが出回っている学園に通わせるわけにはいかない。

(とにかく、今はソルに協力しよう)

 ソルがこの媚薬の件を無事に解決してくれたら、リリーが危険な目にあう可能性が減る、そう考えるとロベリアはやる気が出た。
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