瞳の中の住人

白石刀哉.3


 芸能人に会いに行くような、どこか浮ついた気もちで綾音と会ったのだが、弔問から数日を経ても彼女の残像は僕のなかにとどまりつづけた。それもそのはずだ。夢のなかでは、かわらず彼女に会いつづけている。

 そういったいきさつもあり、僕が彼女にまた会いたいと思うのにさほど時間はかからなかった。

 しかし再会するための手段として、あの喫茶店を再度訪れるというのは、囲碁や将棋でいうところの悪手に思われた。

 あくまで翼個人を偲ぶために訪れただけで、今まで一度もかよったことのない喫茶店だ。

 サイフォン式のコーヒーを飲みたい気もちはあったのだが、それだけで来店するのは、どうにもしらじらしい。綾音に警戒されるおそれもあった。

 なので、二度目は偶然をよそおう必要があった。

 できれば読書好きの綾音が見えない壁をとっぱらってくれる場所がいい。

 読書、とかんがえ、今までに何度となく見た、本にかんする夢を思いおこした。
< 40 / 63 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop