裏側の恋人たち


夕方のナースステーションがざわついた。
院長に連れられ見たことがないくらいのイケメンが入ってきたからだ。

新しく非常勤勤務になるドクターだという。
見たところ30前後。
長身で顔の造作が俳優並みに整っていて何とかっていう国宝級イケメンアイドルに似ていなくもない。

しかし、その挨拶に来たイケメンドクターはうちの病院のオジョウサマの婚約者なのだと。
イケメンドクター自ら言ってたから間違いはない。

スタッフの皆が一様に肩を落とした。
お嬢様が相手じゃ勝てないと思ったからではない。

そのイケメンドクターが自分はオジョウサマの婚約者なのだと嬉しそうに、本当に嬉しそうに語ったからだ。

ベタ惚れじゃないの。

これじゃあ誰も二人の間に入ることはできないだろう。
お嬢様サイドから持ちかけた政略的な婚約ならまだしも、キチンと長年の恋愛感情あっての婚約らしい。

私もイケメンは好きだけど、無駄な時間を使うのも叶わぬ恋に身を焦がすなんてごめんである。

はい、肉食ナースと言われるこの私でもこれは問題外ってことで。
脳内で『不可』の巨大スタンプをバンッとついた。


しかし、いいよねお嬢様って。

うちの病院は二ノ宮グループという大きな医療法人の中の病院の1つで、オジョウサマって言うのがグループのトップ、頂点にいる人の娘なのだ。

大金持ちのお嬢さまなのだからのほほんとお嬢さまをしていればいいのにそういうわけでもなく、なぜか本院でもなく分院で普通にナースをしている変わり者。

今まで浮いた噂がなかったのはこんな男がいたからなのかと妙に納得してしまった。

オジョウサマのことは嫌いじゃないけど、好きではない。
だってずるいじゃない。
真面目で人当たりがよくて、仕事熱心で、ちょっとかわいくて、実家がお金持ち、おまけにこんな溺愛してくれているっぽいイケメンの婚約者までいたとは。

人生平等ではないと思う。


「佐脇さん、もしかしてあの先生狙ってます?」

後輩の愛菜が目をキラキラさせ小声で囁いてきた。

「狙うわけないでしょ。オジョウサマの婚約者なんて冗談じゃないわ」

「そうですよね。いくらイケメンでもわざわざトラブルを起こすことはないですよね。うちの内科、去年大騒ぎになりましたもんーーーー」

私は大きく頷き、去年あったそのいやな出来事を思い出した。


消化器内科の布川大介先生と言えば、有名大学卒の独身イケメンドクターとして有名人だった。

そこそこに仕事ができるしイケメンだし。

だけど、
私は知っていた。
この男の女癖の悪さを。



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