裏側の恋人たち

荷物を持って病室に戻ると瑞紀は眠っていた。


物音を立てないようにベッドサイドの椅子に静かに腰を下ろし瑞紀を見つめる。

痛々しい頬と額のガーゼ。
シーツの中に隠れて見えないけれど、顔の擦過傷だけでなく身体のあちこちを打撲しているのだとナースに聞いた。

自分が過労で倒れて入院したっていうのに、検査のためフロアを移動中に貧血で倒れた妊婦さんを庇い抱き込むように守って階段から落ちたというのがことの顛末だった。

二人ともエレベーターを使って移動すれば起こらなかった事故だと思うけど、もう起きてしまったことは仕方ない。
妊婦プラス胎児が無事だったことは本当によかった。

けれど、もう少し自分の身体を大事にして欲しいと思ってしまうのはやっぱりわたしが瑞紀を好きだから。



わたしが瑞紀の店に行かなくなって2ヶ月。

「ちょっとやつれすぎでしょ・・・なにやってんのよ、ばか」

思わず口からこぼれてしまった本音。
顔色の悪さも肌の張りのなさも今日の怪我のせいではないと思う。

あの理解できない愛の告白も突然現れた婚約者のことも本当に頭にくる。

「ばーか、ばか、ばーか」

寝ている瑞紀を起こさないように小声で毒づいてやる。

この男はどうしてこんな事になっているのか。


運び込まれたときの血液検査の結果がよくなかったことでエコー検査などを受け、念のため一泊入院し再検査して帰宅する予定だったけれど、更に怪我を負ったことで入院期間が延びることになった。

幸い骨折はしていないけれど、右手首はペンも持てないほど痛いと言っていたし、打撲した箇所はこれからどんどん痛んでくるだろう。発熱もするかもしれない。
受傷した事情も事情だから数日は入院になるだろう。

瑞紀が庇った妊婦は問題なく入院にもならずに帰宅したということだった。



さて帰ろうかな。
病室で婚約者と鉢合わせするのもイヤだし。

そろそろ夕方になり日が傾いている。
夜勤明けの仮眠を邪魔されたせいで身体が重い。コンビニで食料をゲットして軽く食べたらすぐに眠れそうだ。

わたしが出来ることはもうなにもない。

後はここのナースに任せて帰ろうと立ち上がろうとしたわたしの手をいきなり瑞紀が掴んだ。

「待って」

「起きてたの?」

いつから?
もしかして悪口も聞かれたかもしれない。まあいいけど。

「頼まれた荷物は全部持ってきた。ロッカーとここに入っているから後で確認して。それと冷蔵庫にスポーツ飲料とお茶を入れておいたから飲んでね。それじゃあわたしは帰るからお大事に」

じゃあねと帰ろうとしたけれど瑞紀はわたしを掴んだ手を離そうとしない。

「帰るけど、まだ何かある?」

後は婚約者さんにお願いしたら?という意味を込めて無表情で返すと、
「部屋、全部見た?」と確認される。

「全部見たよ。戸締まりも火の元も大丈夫だった。っていうかさ、キッチン使ってないよね。わたしには関係ないけど家具はいつ届くの?キャンプじゃないんだから寝袋で寝るのはどうかと思うよ。お金は持ってるんだからベッドが届くまでホテル暮らしでもしたらどう」

「・・・お前さ、ホントに全部見た?全部見てその感想なワケ?」

恨めしそうな表情になった瑞紀にこっちは何と返事をしていいのかわからない。
新婚さんにはピッタリの素敵なマンションですね、とか?

わたしが瑞紀のこと好きだったのは自分が一番知っているだろうに酷い男だ。




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