裏側の恋人たち


幸い階段から転落したことによる打撲はあちこちにあるものの骨折はなかった。
そもそも入院する原因となった体調不良に関してはエコーに問題がなく安静によって改善するのではないかという話だった。念のため後日CT検査をするらしい。

「とにかく休息が必要ですよね。とにかく休むようにしてください。殴られちゃうみたいだしーーくくくっ」

端麗な顔立ちの館野先生が堪えきれないといった様子で笑いはじめた。
どうやらその前の私たちの会話が聞かれていたらしい。

「センセー・・・聞かなかったことにしてください。業務時間外の発言ですし忘れていただけると助かります」

恥ずかしい。
いつも仕事は常に冷静にとちゃんとしてるつもりだったのだ。
それがよりにもよって館野先生に聞かれてしまうとは。

「くくくくっ。勿論秘密にはするつもりですけど。いや、うちの奥さんには話してもいいですか?佐脇さんが恋人とラブラブでプライベートではこんなに面白い人だったとは」

いや、それは勘弁してほしい。
私が一方的になんとなくオジョウサマのことを好きではないってだけだけど。

ただの僻み。
かわいくて仕事に一生懸命で人なつっこくて。
前にちょっと付き合っていた男がオジョウサマの大ファンでいつも私と比較してきて貶されてたからーーだなんて思い出したくないし。

私の顔が引きつっていたことに気が付いた館野先生がやっと笑いを飲み込んでくれた。

「では、後はよろしくお願いします。鳥越さんが助けてくださった妊婦さんのご家族の方には今後はいきなり直接病室に来ないように伝えておきます。それと妻には説明中もラブラブだったってことだけ話すことにしますね」

と言って部屋を出て行ってしまった。

妊婦さんの家族に対する対応はありがたいけど、
別にラブラブな空気は出していなかったと思う・・・。

病院内の事故だし、相手もいることだからホケンとか補償とかいろいろ面倒なことがあるらしい。
師長の話だと院長も事務長も瑞紀の体調を見て顔を出すと言っていたそうだ。
将樹さんに頼んで担当者を決めて動いてもらった方がよさそう。


その後、瑞紀は微熱から本格的に発熱してしまった。
グズグズと甘えるので面会時間が終わるまで付き添っていたけれど、面会時間の終わりのアナウンスが流れると同時にさっさと帰ってきた。
私が帰る前に解熱剤を服用したからこのまま眠ってしまうだろう。
後は夜勤のナースにお任せだ。

やり手の若手飲食店経営者だなんて言われているけれど、一皮剥けばーーー。
病気と怪我で気が弱くなっているから甘えてくるのだということはわかっている。

これからの私たちの関係は瑞紀が正気に戻ってからの話し合い次第だ。




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