裏側の恋人たち

響の場合 ⑤ これから

*****


瑞紀の退院は1週間後だった。

退院前日に気が付いた。
退院するのはいいけれど、問題は布団のないあの部屋に戻るということだった。

通販で布団のセットを買おうとした私に瑞紀が抵抗した。
あそこに帰っても布団だけじゃなく冷蔵庫もレンジも鍋はおろかコップひとつない、と。

さすがに退院してすぐに電気屋と家具屋に行けとは言えない。

「ホテルをとりなさい!二、三日はゆっくりしてそれから買い物ね」

「いや、ホテル療養じゃ食事が困る」

「ルームサービスもあるし、動いちゃいけないわけじゃないんだから買い物したり外食すれば」

「外食はちょっと無理だ。右手がうまく使えない」

そう言われればそうだ。
右手首の捻挫は結構酷かったらしくお箸を使うのも辛いと言って食事は基本、時間がかかるけど左手でスプーンとフォークを使って食べている。

「じゃあどうしようか。将樹さんちにでも行く?」

「いや、響んとこでいい」

「へ?」

瑞紀の勢いに変な声が出てしまった。

「待って。どうしてうちなの」

「いいいだろ、今までずっと荷物も預かっていたし食事もご馳走してやってたじゃないか」

「それ言われちゃうと弱いけど、私だって他のお店で食べるときはご馳走したからおごられっぱなしじゃなかったし、瑞紀の店で食べるときは経費で落とすからいいって言ってたじゃない」

「あ、それ本気にしてた?」

瑞紀の笑顔に本当はそうだったのかと知った。
私が気にしないようにそう言っていただけだったのね。
よく考えたらボトルワインとか開けてたし、瑞紀がそのあたり公私混同するようなひとじゃない。

ならば仕方ない。

「狭いわよ。それに2、3日だけだからね。早く買い物してあの立派なマンションに戻ってよ」

わかってるよね、と上目遣いで瑞紀を見つめると
「ありがと、響」
とみんなが爽やかだというけれど、私から見たらかなり胡散臭い笑顔が返ってきた。



・・・・・・数日間とはいえこんなで同居して大丈夫かな。
早く追い出そう。









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