裏側の恋人たち

響の場合 ⑦ ファミリー


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「・・・・・・お疲れ様です」

「あ、佐脇さん、じゃなくて鳥越さん。お疲れさまです。ベビーちゃん、お待ちかねだったみたいですよ」

私より先に来ていたオジョウサマは手慣れた様子でご主人の館野先生似のベビーちゃんにおっぱいをあげている。

うちの子はお腹が空いたらしくふぎゃーふぎゃーと声をあげていた。

「待たせてごめんね。今すぐあげるから」

急いで支度してうちの子を抱き上げ、空いているソファーを探すと残念ながらオジョウサマのお隣しか空いていない。

「お隣失礼します・・・。」

「どうぞ、どうぞ」

にこりと笑顔で歓迎してくれる。
もともとスタイルもいいと思っていたけど、授乳しているせいでおっぱいはメロンみたいだし、入院中だから同じすっぴんのはずなのにあちらはすっぴんでもお綺麗で。
そもそも比べることが間違っているんだけど。

ため息が出るほど残念な私の胸もちょっとは膨らんではいるのだけど、オジョウサマのを見てしまうと劣等感が刺激される。

なぜ同じ時期に出産が被ってしまったんだろうか・・・・・・。
1週間でもずれていたら入院期間だって被ることなかったのに。



「愛菜さんはまだみたいですね」

オジョウサマに言われて顔を上げると、そういえば授乳室に愛菜の姿がないことに気が付いた。
愛菜の産んだベビーちゃんはまだ空腹でないのか新生児用のベッドですやすや眠っている。



どういうわけかオジョウサマと私と、それと愛菜のお産が同じ日に重なり、私たちはお隣同士の分娩室でお産をする羽目になっていた。


お互い個室なのでいつもは顔を合わせないけれど、退院前の指導などの時にはこうして顔を合わせることになるのだ。

今日はさっきまでベビーを新生児室に預け、病院からの出産お疲れさまの労いディナーコースをいただいていた。
この先暫くはゆっくり食事を楽しむことが出来ないだろうからーーーということらしい。

個室の場合、希望すれば夫やパートナーの分まで準備してくれるので瑞紀は迷わず自分の分も希望し一緒に食べたのだ。

母乳に配慮した美味しいディナーコースで、私はただ美味しい美味しいと食べていただけだけど、瑞紀は写真を撮ったり付いてきたお品書きに何かメモをしたりと忙しかった。

瑞紀は私の妊娠がわかってから大変だった。
結婚してから避妊とかしてなかったしご縁があればと思っていたけれど。

あの瑞紀が胎児のエコーを見て自分が父親になるのだと感動して涙を浮かべていた。
「まさか自分が父親になるなんてな。前は結婚する気がなかったから自分の子どもなんて考えたことなかったし」

妊娠がわかり以前のような食べ歩きにほとんど連れて行ってもらえなくなったのは残念だったけど、その代わり瑞紀のお店の新メニューのヘルシーランチの試食係をさせてもらっていたからさほどストレスもなく妊娠期間を過ごすことが出来た。

瑞紀はいろいろ勉強して妊婦の食事にこだわっていたから産後の食生活にも子どもの食事にもこだわるんだろうなと思うと頬がゆるんでしまう。
少し前の生活からは考えられない変化じゃない?
瑞紀はもう私の夫ですっかりパパだ。


そんなことを考えていたら「お疲れさまでーす」と疲れ切った様子の愛菜が授乳室にやってきた。
産婦のご褒美ディナーでどうしてそんなに疲れるのか教えて欲しい。

「ずいぶんゆっくり食べていたのね」

「尚登が全部記念に残すんだって言っていちいち撮影するから食べ終わらなかったんですよ。こんなことなら一人で食べればよかった。逆に疲れちゃいましたよ」

ぶつぶつと文句を言いながら手洗いを済ませ自分のベビーちゃんの眠るベッドを覗き込む。
愛菜のベビーちゃんはまだおとなしく眠っていた。



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