裏側の恋人たち
何となく不愉快なのは無理矢理飲み会に誘われたせいだと思うことにして、部屋に戻ってスマホを取り出す。
夕方、吉乃から夜遅くてもいいから時間が出来たら電話が欲しいというメッセージが届いていた。
なんの話だろう。
私が桐生君と話をしたことで何か状況が動いたのか、それとも元カレとの間に何かあったのか。
あと、考えつくものと言えば仕事の愚痴だけど。
吉乃に電話をかけると僅か数コールで応答があった。
「ごめんね、吉乃遅くなって」
『お疲れ、電話かけてなんてメールしちゃったけど、ふみかの仕事は大丈夫?』
「こっちはもう時間外だから大丈夫だけど、なにかあった?」
『あったと言えば、あった。・・・・・・あいつさ、やっぱり会社の若い子と浮気してたわ。今日仕事であいつの会社に行ったら受付の若い子がさ、ご丁寧に『調達部主任の杜山さんと結婚することになりました。来月から受付から総務のオフィスに戻ります』なんて言うわけよ。あれ絶対私が元カノだって知ってるわよね』
「ひどい・・・、なにそれ。略奪しといてその態度」
『それ自体はむかついたけど。なんて女だって。でもさ、ふみかに話したかったのはそれじゃないんだよね。なんて言うかーーーあの女には腹が立ったし、あいつにも呆れた。長年付き合って終わりがこれとか、ホントに無いわって。でも、そうじゃなくて。この事実を知っても自分があんまり傷ついてないことに驚いちゃったのよ』
「え?」
『別にどうでもいいって心境なんだよね。別れた男のことなんて』
「悟りでも開いた?」
『悟りは開いてない。うん。でもさ、大将のとこで愚痴ったらあの子に言われちゃったんだよねー『長年付き合った女性をそういう形で手放すような男はそうして新しく付き合って結婚した女性にも同じことをします。そんな非常識な女性もきっと因果応報、幸せになれるとは思いません。だから吉乃さんはそんな男と別れて正解だったんです』ってさ。なんかストーンって納得しちゃったていうか、スッキリしちゃった』
「へえー。中々いいこと言ったわけだ、あの子も」
『そうなのよ。思ったより子どもじゃなかったわ。って25才に子ども扱いは失礼だけど、彼、綺麗な顔立ちしてるから年齢より若く見えるのよね』
確かに。
世間一般では25才は子どもではない。
でも、桐生君の吉乃へのいきなりのプロポーズとか考えてみても子供じみていると思われても仕方ない行動だったと思う。同年代相手ならともかく少なくとも大人の女性に対してあれはない。
勢いで突っ走れるのは若い人の特権だと思う。
大人の女は石橋を叩くものだ。
私の場合は叩きすぎて壊してしまうのだけど。
『それでね、桐生君って休みの日に自分の店で使う食器を選ぶ目を養うために窯元巡りをしてるんだって。それに一緒に行かないかって誘われたんだけどどう思う?行ってもいいのかな。プロポーズ断わった立場なんだけど』
「吉乃、食器とか大好きだもんね。いいじゃない、行きたいなら行ってくれば。気分転換にもなるし楽しそうだし」
そう言ったところで私の部屋のドアがノックされた。
こんな時間に誰だろう。
「ごめん、誰か来たみたい。後でまた連絡するわ」
『いいの、ごめんね、出張中に。また戻ったら話そう。じゃあね』
電話を切ってドアに向かう。コンコンとしつこいくらいに叩かれのぞき穴から廊下を見ると、ドアの向こうにいたのは曽根田さんだった。