離婚直前、凄腕パイロットの熱烈求愛に甘く翻弄されてます~旦那様は政略妻への恋情を止められない~
 こういうときはCAたちが乗客のなかに医療従事者がいないか確認し協力を仰ぐのがセオリーだ。ドラマや映画では必ず優秀な医師が手をあげてくれるが現実にはそれはレアケースだ。

「それが医師免許を保持しているお客さまがいらっしゃったのですが……」

 吉報なはずなのに報告する小林の表情は暗い。俺は彼女に聞く。

「協力を拒まれているのか?」

 医師には〝応召義務〟と呼ばれるものがあり、正当な事由なく診療・治療の求めを拒んではいけないことになっているが……こういうケースに応召義務が適用されるかどうかは専門家でも見解の分かれるグレーゾーンだ。

「えぇ……医師免許はまだ取り立て。さらに臨床医志望ではなく研究職なんだそうです。本人は役に立てる自信がなく名乗り出るか迷っていたのに同乗の恋人が張りきって手をあげてしまって……」
「なるほど」

 これは判断の難しいケースだ。俺が回答を迷っていると横から沖野が口を挟んだ。

「頼み込め。医師免許を保持している人間が病人を助けるのは使命だろう」
「しょ、承知しました」

 そう返事をしたものの小林の顔には戸惑いが浮かんでいた。彼女の葛藤もわかる。医師の助力はあくまでもお願いであってこちらが強制できるものではない。

「待って」

 俺は彼女を呼び止めると、すぐに航空無線で呼びかける。無線通信できる範囲を飛ぶ機体に医師が乗っていないか確認を求めた。
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