離婚直前、凄腕パイロットの熱烈求愛に甘く翻弄されてます~旦那様は政略妻への恋情を止められない~
 俺は機長昇格が早いほうだったから年上の副操縦士と組むケースも多々ある。経験年数では劣っている俺に偉そうな態度を取られたら、もちろん腹も立つだろう。その心情は理解できるから誰に対しても丁寧に接するようにしているつもりだった――。

(俺に言われたくはないだろうが、沖野はわりと気難しいタイプだな)

 彼は家柄のいいエリートでプライドの高い男だ。同期のなかでも彼の負けず嫌いは際立っていて、指導する先輩パイロットからもその点はよく注意を受けていた。とはいえ、プライドに見合う能力は備えているのでそこは信頼している。
 
 沖野の予想どおりフライトはいたって順調で約十二時間のミュンヘンまでの道のりも残すところあと二時間となった。だが、気は抜けない。航空事故のほとんどは離陸時と着陸時に発生するのだ。最初と最後が一番肝心でパイロットの腕の見せどころでもある。
 ところが、ここで予想外のトラブルが発生した。

「大変です。お客さまがっ――」

 チーフCAの小林が焦った様子でコックピットまで報告しに来た。乗客のひとりが心臓の痛みを訴え出したらしい。彼は四十六歳で生まれつき心臓に持病があったが、ここ十数年は安定していてなんの問題もなかったため久しぶりの海外旅行を決意したそうだ。同乗しているのは妻で彼の持病についてはある程度の説明ができるとのことだった。

「乗客のなかに医師や看護師は?」
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