燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~

 「舞台から、あなたが号泣しているのが見
えたので……」

 悠揚たる物腰でそう言った男性に、古都里
は思わず顔に紅葉を散らす。まさか舞台から、
客席の端に座っている自分が見えているとは
思わなかった。古都里は居住まいを正すと、
消え入りそうな声で言った。

 「すみません。あまりに素敵な演奏で心が
震えてしまって、気付いたら号泣してました。
舞台から見えていたんですね。こんな格好で
ここに座っているだけでも申し訳ないのに、
大泣きしてるところまで見せてしまって……
恥ずかしいです」

 喪服姿の自分を見て申し訳なさそうに肩を
竦めると、男性はゆるりと首を振る。ひとつ
ひとつの仕草が、目を瞠るほどに美しい。

 「とんでもない。ご清聴ありがとうござい
ます。我々の箏の音に感動してくださったん
ですね。箏曲家として冥利に尽きます」

 膝間づいたままで言って小首を傾げた男性
に、古都里は一瞬迷って口を開く。もちろん、
初めて聴いたあの曲に感激したのは嘘じゃな
い。けれど、ここまで涙を流した理由は他に
あった。

 「あの、壮大な物語のエンディングに流れ
るような晴れやかな曲に感動したのは本当な
んですけど……実は亡くなった姉の名が最後
の曲目と同じ『妃羽里』なんです。だから、
ひばりが悠然と空を飛ぶような伸びやかな曲
に想いが溢れてしまって。姉が亡くなるまで
は私も箏を習っていたんです。山田流なので
流派は違いますけど、箏の音を聴いていると
あの頃を思い出して、本当に懐かしくて」

 胸に溢れてしまった想いを吐き出すように
言った古都里に、その男性は目を細め静かに
頷く。自分はたまたま演奏会に足を運んだ客
の一人に過ぎないのに、向けられる眼差しが
やさしくて、何か意味があるのではないかと
勘違いしてしまいそうだった。

 何だか恥ずかしくなって目を逸らそうとす
ると、男性は立ち上がって袴の膝を軽く叩く。

 そして、すっ、と背筋を伸ばすと、自分を
見上げる古都里に穏やかな声で言った。

 「申し遅れましたが、『天狐の森』の主催
者、村雨右京(むらさめうきょう)と申します。これも何かのご縁
でしょうから、良かったらぜひお稽古の見学
にいらしてください。流派は違いますが、心
に響く箏の音はどちらも同じだと思いますよ」

 着物の袂から名刺を取り出した男性に、
古都里は慌てて、すっくと立ち上がり名刺を
受け取る。主催者、ということは会の代表で、
箏曲の大師範ということだ。古都里は驚きの
あまり目を見開いてしまった。

 「あの、私、笹貫古都里(ささぬきことり)と申します。そん
な凄い方とは知らずに、べらべらと自分のこ
とを喋ってしまって……すみませんでした!」

 恐縮してぺこりと頭を下げると、男性はく
すりと白い歯を見せた。
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