燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~


――箏の独奏から始まる、幻想的なその曲。


 主奏が尺八に変わり、風が吹き抜けるよう
な擦れた音色を箏の伴奏がやさしく包み込む。

 そしてリズムを刻むような太鼓と巫女鈴の
シャンという涼し気な音。初めて耳にする曲
なのに、どうしてだろう?――酷く懐かしい。

 桃源郷を彷彿させるような、(いにしえ)の都を思い
起こさせるような壮麗な音色に古都里の心は
震え、いつしか涙が頬を伝ってしまう。古都
里は手の平で涙を拭いながら、チケットと共
に渡されたプログラムに目を落とした。そう
して最後の曲名を見、瞠目する。そこに記さ
れていた曲名は、『蒼穹(そうきゅう)のひばり』。

 「……蒼穹のひばり、……ひばり」


――姉の名だ。


 そう思った瞬間、心が風船のように膨らん
で涙が溢れ出してしまった。古都里は嗚咽を
漏らしてしまわないよう慌てて手で口を塞ぐ。

 どこまでも続く真っ青な空の彼方を、一羽
のひばりが飛んでいる。この旋律を聴いてい
ると、ひばりとなった姉が自由に空を羽ばた
いているように思えて、涙が止まらなかった。

 琴線に触れるその曲に涙していると、まも
なく音色が止み、演奏者たちが頭を下げる。


――そうして、万雷の拍手。


 古都里も涙を流しながら、手の平が痛むほ
ど夢中で拍手を送った。

 鳴りやまぬ拍手の中、静かに幕が下りる。
 やがて素晴らしい演奏の余韻に浸りながら
観客が席を立ち始めた。ぞろぞろと、会場を
出てゆこうとする観客が古都里の横を通り過
ぎてゆく。喪服姿のまま、目をまっ赤にして
呆然と舞台を見つめている古都里に幾人かの
客が怪訝な眼差しを向けていた。それでも、
古都里は立ち上がることが出来なかった。

 出来ることなら、もう一度あの旋律に心を
預けたい。自由に空を飛ぶひばりに姉の姿を
重ねながら、姉の魂を感じたかった。

 どれくらい時間が過ぎただろうか?
 広い観客席にぽつねんと、自分だけが座っ
ていることに気付き古都里は乾きかけた頬を
拭う。そしてプログラムを手に立ち上がろう
としたその時、目の前に小紋柄があしらわれ
た手拭いが差し出され、古都里は驚いて通路
を向いた。そこには、茶縞(ちゃじま)行燈袴(あんどんばかま)白藍(しらあい)
着物を合わせた、和装姿の男性が膝間づいて
いた。まじまじとその顔を見れば、舞台の真
ん中で箏を弾いていた男性だと気付く。客席
から遠巻きに観ている時はよくわからなかっ
たが、涼し気な目元をした美しい男性だった。

 「……あ、あの」

 差し出されたそれを受け取っていいものか
わからず……古都里は自分に柔らかな笑みを
向けている男性の目を覗き込む。

 すると男性は手拭いを古都里の手に握らせ、
笑みを深めた。
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