燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~
――いた。


 ぼんやりと高灯台の灯火に照らされた部屋
の中を見渡すと、煌びやかな小袿(こうちぎ)を身に纏っ
た娘がひとり、箏を奏でていた。人知れず忍
び込んで来たあやかしに気付かぬまま、娘は
譜面に目を落としている。うっとりと箏の音
に耳を傾けるその姿はなるほど、噂に違わず
目を瞠るほどに美しい。星屑を散りばめたよ
うな瞳は艶やかな長い睫毛に縁どられ、早梅
のような赤い唇は白い肌をいっそう引き立て
ている。

 けれど、どことなくその姿が儚く見えるの
は、不吉な姫と人々から恐れられているから
なのだろう。右京は丸柱に背を預けると、
しばし竜姫の奏でる箏の音に耳を傾けた。


――ツン、ツン、テーン、ツテツ、トン♪


 繊細な箏の音が庭で鳴く鈴虫の声と重なる。
 その音色は心を洗うように美しいが、夢中
で箏の絃を弾き続ける娘は顔を上げてくれず、
右京の存在に気付いてもくれない。このまま
放っていては、夜が明けるまで気付かないか
も知れない。


――どうしたものか。


 思い倦ねた右京は、ふと、悪戯を思いつき、
パチリと指を鳴らした。その瞬間、娘が目を
落としていた譜面がふわりと宙に浮き上がる。

 そうして蝶のようにひらひらと羽を動かし、
部屋の中を飛び回った。

 「えっ?」


――箏の音が止む。


 ひらひらと、まるで生きているかのように
部屋を一周した譜面が右京の手の平に着地す
る。すると娘は、ようやく右京の存在に気付
き、目を見開いた。

 「……どなたですか?」

 りん、と鈴が鳴るような声でそう訊ねた娘
に、右京は、すぅ、と目を細める。絹糸のよ
うに白く輝く髪に、白い獣耳と長い尻尾。誰
がどう見てもそこに立つ男が人間でないこと
は明らかなのに、娘は恐怖で取り乱すことも
ない。右京は、さて、何と言って怖がらせて
やろうかと思案すると、譜面を手に一歩、二
歩と娘に近づいた。

 「儂は物の怪じゃ。狐のあやかしじゃよ」

 「……狐のあやかし。どうやってここへ入
り込んだのです?門は御垣守が警護をしてい
るというのに」

 右京の正体を知っても尚、娘は顔色ひとつ
変えることなく、目の前に立つ右京を見上げ
ている。右京は、ふむ、と鼻を鳴らしてしゃ
がみ込むと、娘の顔を覗いた。

 「はて、警護の者などおったかの?儂はす
んなりと屋敷に招き入れられたが」

 その言葉と共に、ぽわ、と右京の体が白い
靄に包まれ、少将の姿に変わる。その姿を見、
「まあ」と声を漏らしたかと思うと娘は得心
したように頷いた。

 「人の警護など、物の怪さまにはあってな
いようなものなので御座いますね。して、わ
たくしめに何の用があってここに?」

 あくまで冷静に、淡々とそう述べる娘に右
京は目を丸くする。けれど次こそ目の前の姫
が恐怖に慄くことを期待して、言った。
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