燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~
 「儂は主の精気を吸いに来たのじゃ。人の
死を予言するという不吉な姫君。その悲嘆に
濡れた精気は儂の妖力を高める糧となる」

 ちろりと唇を舐め、不敵な笑みを浮かべる。
 さすがに、精気を吸われると聞けば平静を
保ってはいられないだろう。そう思っていた
右京の耳に飛び込んできたのは、思いも寄ら
ない言葉だった。

 「左様で御座いますか。わたくしの精気と
やらが、物の怪さまのお力に。呪われたわた
くしめの命が、物の怪さまのお役に立てば良
いのですが」

 「………」

 しんみりと、そう言って目を伏せてしまっ
た娘に、右京は言葉を失う。恐れるどころか、
進んで物の怪に精気を差し出そうとしている
娘に、同情の念さえ湧いてしまう。

 右京は興を削がれたように嘆息すると、あ
やかしの姿に戻り、問い掛けた。

 「主はなぜ畏れぬ。儂は精気を奪いに来た、
恐ろしい物の怪なのじゃぞ」

 言って、ゆらりと長い尾を揺らして見せる。
 娘はゆるりと顔を上げると、じっと右京を
見つめ、そして徐に口にした。

 「うつせみの、恐れおぼほゆ、なかなかに、
人とあらずは、あやかしの姫。(※訳あり)
死の神が見えてしまうわたくしも、この世に
生きるあやかしのようなものです。恐ろしく
は御座いませぬ」

 「なるほど、主はこの世のあやかしか。な
らば儂らは仲間じゃな。気に入った。これを
返してやるから一曲聴かせてみてはくれぬか
の、先ほどの音色を」

 箏の前に置かれた譜面台に譜面を載せ、右
京は、どっか、と娘の傍らに胡坐をかく。突
然、箏を弾くことを所望された娘は、戸惑っ
たように目を瞬かせた。

 「先ほどの音色とは、箏の音のことで御座
いますか?」

 「そうじゃ。その爪で器用に糸を弾いてお
ったじゃろう。さらさらと、水が流れるよう
な音色は、聴いていて心地よかったぞ」

 感じたままを右京が口にすると、娘の頬が
紅を差したように染まる。その表情は初々し
く、右京は思わず目を瞠った。

 「わたくしの箏の音を褒めてくださった殿
方は、物の怪さまが初めてに御座います。人
前で弾くことがありませぬゆえ、上手く弾け
るかはわかりませぬが……」

 そう言うと、指先の箏爪を嵌めなおし絃に
添える。すぅ、と何かが宿るように娘の表情
が変わるのを見つめながら、右京はしじまの
空間を揺らし始めた箏の音に耳を傾けた。


――ポロポロロン、テン、トン、ポロポロ♪


 箏爪を嵌めていない左手で、娘が弦を弾き
始める。爪で弾くよりも、やや柔らかな音色
が耳に心地よい。

 右京は腕を組むと、目を瞑り、娘の奏でる
箏の音に心酔した。


※訳:この世の人に恐ろしいと思われるなら、
いっそのこと人をやめて、あやかしの姫に
なってしまいたいのです。

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