燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~
 言うと、右京は娘を抱き上げ、つかつかと
母屋の出口へと向かう。そうして、娘を下ろ
し、くるりと部屋を振り返ると、二本の指を
口元に添え、呪文のような言葉をぼそぼそと
口にした。その瞬間、部屋中に竜巻のような
疾風が舞い起こり、それが鋭い刃となって畳
や御簾を切り裂いてしまう。その様を目の当
たりにした娘は、驚きに口を塞いだ。

 「……こっ、これは」

 「鎌鼬(かまいたち)を召喚したのじゃ。安心せい。主
の箏には傷ひとつつけておらん。して、主の
本当の名は何と申すのじゃ?」

 突然、名を聞かれた娘はぽかんと口を開け
たまま右京をみつめる。右京はやれやれと肩
を竦めると、娘の頬に手を添えた。

 「儂は右京じゃ。人の姿の時は村雨右京と
名乗っておる。主の名は?」

 「天音(あまね)と申します」

 「天音。天の音色か。主に相応しい名じゃ。
天音、人とあやかしの宿命を越えて、永遠に
添い遂げることを誓おう。儂と共に生きてく
れるか?」

 真摯な眼差しで言った右京の手に、天音は
自らのそれを重ねる。そうして一度目を閉じ
ると、再び目を開けて言った。

 「わたくしも、妻として永遠に添い遂げる
ことを誓います」

 その言葉に微笑すると、右京は妻となった
ばかりの天音の唇に、深く、甘い口付けを落
としたのだった。
< 45 / 122 >

この作品をシェア

pagetop