燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~
「じゃあ、なんでわたしには正体を明か
してくれたんですか?」
明かしてくれた、というよりも偶然知っ
てしまったという表現の方が正しいけれど。
そう思いながら自分を指差した古都里に、
右京はちらりと飛炎と視線を交わす。妙な
間が数秒流れ、古都里がさらに首を傾げる
と、ぽんと頭に覚えのある温もりが載った。
「古都里さんは元々、人とは違うものが
見える体質で、僕の正体を知っても畏怖の
念を抱いているようには見えなかったから。
もし約束を破るようならあなたの記憶から
僕たちのことをすっぱり消してしまえば済
むことだし。もちろん、こうして傍にいれ
ば互いに情が湧くから、そんな悲しいこと
にはならないと信じているけどね」
「………」
『記憶を消す』などという不穏当な言葉が
右京の口から飛び出した瞬間、古都里は表情
を曇らせる。もしこの先、自分と彼らとの間
に不都合な問題が立ちはだかってしまったら、
彼らと過ごした日々はあっさり自分の中から
消されてしまうのだろうか?
そんな悲しい予感に胸を締め付けられた古
都里に、言葉を掛けてくれたのは飛炎だった。
「我々あやかしにとって、人の記憶をいじ
ることなど造作もないことは事実です。です
が、それは間違って正体を知ってしまった人
間が狂乱状態に陥った場合にのみ施す手段で
あって、実際に心の繋がりを持った人の記憶
を消したことなど、ありません。怖いことを
聞かせてしまいましたが、わたしは古都里さ
んが天狐の森の仲間になってくれたことを、
とても嬉しく思っていますよ。だからそんな
顔をしないで。仲良くやっていきましょう」
その言葉に、ぎこちなくではあるけれど、
古都里はようやく笑みを浮かべる。重くなっ
てしまった空気を断ち切るように「さて」と
飛炎が声を発したので、古都里はここへ来た
本来の目的を思い出した。
「古都里さんの新しい箏爪を探すんでした
よね。まずは指に合う爪輪を探しましょうか。
ちょっとそこに座って待っていてください」
そう言って店の隅に置かれた和モダンな
テーブルセットを指差して、飛炎が壁に備え
付けられた棚からいくつか箱を持ってくる。
古都里は言われるまま椅子に腰かけると、
わくわくしながら目の前で開けられた箱の中
を覗き込んだ。そこには、赤、黒、白、三色
の爪輪がサイズごとに入っている。まるで彼
氏と指輪を選ぶ彼女のように、目をキラキラ
させながら古都里は隣に座った右京に訊いた。
「あの。本当に買っていただいていいんで
すか?わたし、たいしたお仕事してないのに」
祈るように両手を重ね合わせ、顔を覗き込
むと右京は失笑する。その表情はいつものもの
で、古都里はようやく心から安堵することが出
来る。
してくれたんですか?」
明かしてくれた、というよりも偶然知っ
てしまったという表現の方が正しいけれど。
そう思いながら自分を指差した古都里に、
右京はちらりと飛炎と視線を交わす。妙な
間が数秒流れ、古都里がさらに首を傾げる
と、ぽんと頭に覚えのある温もりが載った。
「古都里さんは元々、人とは違うものが
見える体質で、僕の正体を知っても畏怖の
念を抱いているようには見えなかったから。
もし約束を破るようならあなたの記憶から
僕たちのことをすっぱり消してしまえば済
むことだし。もちろん、こうして傍にいれ
ば互いに情が湧くから、そんな悲しいこと
にはならないと信じているけどね」
「………」
『記憶を消す』などという不穏当な言葉が
右京の口から飛び出した瞬間、古都里は表情
を曇らせる。もしこの先、自分と彼らとの間
に不都合な問題が立ちはだかってしまったら、
彼らと過ごした日々はあっさり自分の中から
消されてしまうのだろうか?
そんな悲しい予感に胸を締め付けられた古
都里に、言葉を掛けてくれたのは飛炎だった。
「我々あやかしにとって、人の記憶をいじ
ることなど造作もないことは事実です。です
が、それは間違って正体を知ってしまった人
間が狂乱状態に陥った場合にのみ施す手段で
あって、実際に心の繋がりを持った人の記憶
を消したことなど、ありません。怖いことを
聞かせてしまいましたが、わたしは古都里さ
んが天狐の森の仲間になってくれたことを、
とても嬉しく思っていますよ。だからそんな
顔をしないで。仲良くやっていきましょう」
その言葉に、ぎこちなくではあるけれど、
古都里はようやく笑みを浮かべる。重くなっ
てしまった空気を断ち切るように「さて」と
飛炎が声を発したので、古都里はここへ来た
本来の目的を思い出した。
「古都里さんの新しい箏爪を探すんでした
よね。まずは指に合う爪輪を探しましょうか。
ちょっとそこに座って待っていてください」
そう言って店の隅に置かれた和モダンな
テーブルセットを指差して、飛炎が壁に備え
付けられた棚からいくつか箱を持ってくる。
古都里は言われるまま椅子に腰かけると、
わくわくしながら目の前で開けられた箱の中
を覗き込んだ。そこには、赤、黒、白、三色
の爪輪がサイズごとに入っている。まるで彼
氏と指輪を選ぶ彼女のように、目をキラキラ
させながら古都里は隣に座った右京に訊いた。
「あの。本当に買っていただいていいんで
すか?わたし、たいしたお仕事してないのに」
祈るように両手を重ね合わせ、顔を覗き込
むと右京は失笑する。その表情はいつものもの
で、古都里はようやく心から安堵することが出
来る。