冷徹官僚は高まる激愛を抑えきれない~独占欲で迫られ懐妊いたしました~
六章 side直利

【六章 side直利】

 由卯奈の祖父である黒部鉄雄の「反社会的勢力」との繋がりが報じられたのは、つい先日のことだった。

 きっかけは数日前に脅迫容疑で逮捕された男。都内の半グレ組織の副リーダー格だ。
 暴対法の改正など暴力団に関する対策が進み、本家ヤクザが手を引いた間隙に付け込むように大きくなってきた彼らは、表向きは「まっとう」な、いわゆるフロント企業を経営していることが多い。

 風俗業や金融業などそれとわかりやすいものから、一見するとまともな飲食業や人材派遣会社までと多岐に渡る。
 正直なところ警察や検察でも判別は難しい。単純に人数と法律の関係だ。

 逮捕された副リーダー格の男は、その企業からという形で黒部総理にも政治献金していたという内容をついでのように供述したのだった。


 その男が代表をつとめる美容サロンは、都内の一等地に店をかまえていた。

「さすがに営業してないか」

 俺は独りごちながら、そのサロンの前の遊歩道を通り過ぎる。本来ならば、まずはその男と話をしたいところだけれど……おそらく地検どころか小菅(東京拘置所)に足を踏み入れた時点で事なかれ主義の上がすっ飛んでくるだろう。とにかく事実確認だけでもしたい。
 これ以上自力で捜査する芽がつぶされるのは困る──さて。

「まるで刑事ドラマだな……」

 苦笑しつつ関係者という関係者に会っていくしかない。まずは身内から──。



 黒部総理は案外と落ち着いていた。
 官邸を訪ねるとこれくらいで動じてどうする、といわんばかりに提示してきたのは資金関係の資料だった。それがまだここにあるということは、そもそも捜査の手が及んでもいないということ。

「ま、ことここに至ればいずれは来るだろうがな」

 泰然と総理は言い放つ。

「確認ですが、本当に関わりはありませんね? 裏帳簿もないですか」
「そんなヘマは打っとらんよ」

 鼻で笑われる。もちろん、確認するまでもなく老獪なこの男が、そんな初歩的なミスを犯すわけがない。

「……そう願います」

 資料を精査するには、最低限のものに限ったとしても少なくとも数日を要しそうだった。すべてを読み込むのならば、週単位で考えなくてはいけない。

「そういえば、孫とは仲よくしているかね」
「そのつもりです」
「披露宴に遅刻したのに」
「……その節は」
「まあかまわんさ、うん」

 黒部さんは応接セットのソファに寄りかかる。

「こんなことになって……正直、君はすぐに由卯奈を捨てるだろうなと」
「そんなこと……死んでもしません」

 唇を噛みたくなる。

「だろうな。泡食ってここに駆けつけるくらいだ。まさかわたしを守るためじゃあるまい。由卯奈のためだろ」

 総理はそう言って──微かに頬を緩めたのだった。

 ひと段落し何点か書類を預かり帰宅し、玄関でうずくまる由卯奈を発見し──そして彼女の胎に、俺の子供がいると知って。

 嬉しくて嬉しくて、死ぬかと思った。

 こんな感情が自分の中にあったのか。それは新鮮で幸せな発見だった。




「やり直し、させてくれないか」

 由卯奈にそう提案したのは、妊娠が発覚してすぐのことだった。

「やり直し?」

 頬を染めきょとんとする由卯奈を自分の膝の上に座らせ、抱きしめて頬擦りをしながら言う。気持ちをすっかり告げてしまったら、タガがはずれたように由卯奈を愛でたくてしかたなかった。

「そう、最初から……出会ったあの日から」
「出会った、日」

 由卯奈はそうつぶやき、困ったように「そんな必要ないですよ」と続けた。

「それに、別に……披露宴の日のことも含めて、怒ったりしているわけでは」
「わかってる。君がそういう人だって」

 だからこそ辛い。
 恨まれもせず、嫌われもせず。
 俺は君にとってその価値もない存在。
 唇を噛み締めた。

「……っ、自己満足だと、わかっている」

 祈るように彼女の手を握る。
 由卯奈への感情は、どこか信仰にも似ていた。一方的に祈るばかり。

 でも、それでも願ってしまう。希ってすがりつきたい。君に俺を愛してと、恋をしてほしいと。

「お願いだ。俺に恋をしてもらう方法が、ほかに思いつかないんだ」
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