冷徹官僚は高まる激愛を抑えきれない~独占欲で迫られ懐妊いたしました~

「わあ……」

 思わず感嘆の声が漏れる。
 色とりどりのステンドグラスが、教会内をまるで色彩の海のように彩っていた。香りに包まれてしまわんばかりに飾られているのは白百合。

 濃い紅色の絨毯の上を、彼にエスコートされ歩いていく。
 祭壇までたどり着くものの、そこに神父さんはいない。直利さんは私のヴェールをそっと上げると、両手を包み込んで口を開いた。

「……自分でもあきれるよ」

 そう言って、彼は私の手を強く、強く握る。
「あんなことを言っておいて、しておいて……今さら、無様に愛を希って……」
「そんな、無様だなんて」
「君が……、あんなひどいことをした男に寄り添って、家族だと言ってくれるたびに、心に少しずつなにかが、……溶けていく感覚がした」
「直利さん……」
「そうして、ようやく気がついた。俺は君を愛してるんだって」

 そう言って彼は私を腕に閉じ込める。

「愛してる。一生を君に捧げる。君は俺の心臓だ」

 顔を上げ、じっとその瞳を見つめる。
 まっすぐな、真心のこもった眼差しが浮かぶ瞳。時折ステンドグラスのカラフルで透明な影を反射して、瞳が溶けた蜜みたいに煌めいた。それはあふれることはなかったけれど、たしかに潤んで……それが涙だと気がついたとき、ようやく私も素直になろうと思えたのだ。

「……私、直利さんに伝えてないことがあります」

 なんだ?と直利さんが頬を緩める。
 私は彼の手を取り、狐の形にする。人差し指と小指を立てて。
 そうしてその狐の鼻の先にキスをひとつ──。
 きょとんとする直利さんと目が合った。思わず笑ってしまいながら口を開く。

「私──あのときの、ウサギです」

 直利さんが微かに眉を上げた。

「直利さんは覚えてないかもしれないんですけど、実は──」
「覚えてる」

 狐になっていた手は、いつの間にか開かれて私の頬をゆるゆるとなでる。

「覚えてる。君が──あのときのウサギ?」
「そうなんです」

 ふふ、と笑いながら彼の大きな手に頬を寄せる。目の奥がつんと痛い。

「あのときは、ありがとうございました」
「いや」

 少し茫然としている直利さんが珍しくて、面白くてくすくすと笑う。泣きながら笑う。

「最初から知っていたんです。直利さんがすごく優しい人なんだって。だから冷たくされても嫌いになれなかった」

 黙って彼は言葉の続きを待ってくれる。

「嫌いに……なれなかったし、優しくされて、愛されて、……私も、あなたを好きになってしまいました」

 直利さんはじっと私を見つめている。

「愛して……きゃっ」

 最後まで言わせてもらえることなく、抱きすくめられる。霰のように落ちてくるキスに、ぽろぽろと泣きながら目を細める。

「愛してる、愛してる由卯奈、離さない──」

 ステンドグラスを通して零れ落ちてくる、冬のやわらかな陽射し。重なる唇は温かく、少しだけ涙の味。
 ゆっくりと唇が離れる。
 ステンドグラスから落ちてきた光で彩られて、虹の中にいるみたい。
 私たちはそんな透きとおる色彩の中で、もう一度唇を重ねる。

 モノトーンの未来なんか、もう思い描かない。

 きっと未来は、極上の色彩で彩られているはずだから。
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