二次元の外には、予想外すぎる甘々懐妊が待っていました
6.予想外に可愛すぎる君
 香澄の部屋らしき場所は、2階の突き当たりにあった。
 ドアを開けずとも、涼には分かった。
 その扉だけ開かれていて、中から香澄の香りがしたから。
 そして逆を言えば、その場所以外は埃をかぶっていた。
 もしかすると、数年もの間誰も触れていないのでは?
 そう思う程、香澄の部屋とそうじゃない場所は、明らかに違っていた。
 
「香澄、寝かせるよ。いいね」

 抱きかかえていた香澄を、花柄の毛布の上に涼は寝かせる。
 香澄は、涼のスーツを掴んだまま、離そうとしない。
 
「君は、眠っている時の方がずっと素直だよね」

 涼は、香澄の横に横たわりながらそっと髪の毛を撫でる。
 あの、クリスマスイブの夜と同じ。
 涼がこうすると、香澄は僕の胸に擦り寄ってくる。
 
(本当に可愛くて仕方がない……)

「僕が誰かを可愛いと思う日が来るなんて、思わなかったな……」

 そして、夜を過ごした女の子に逃げられる、という日も。
 あの日からずっと、涼は考えていた。
 何故、この可愛い人は自分から逃げ出そうとしたのか。
 どうすれば、この人は自分から逃げないでいてくれるのか。

「っ……」
「香澄……?」

(またか……)

 涼は、こぼれ始めた香澄の涙を親指で拭ってあげた。
 それから、何度も親指で香澄の頬に触れる。
 この瞬間、ふにゃっとした顔で笑う香澄も、涼は可愛いと思っていた。
 でも、涼はまだこの涙の意味を知らない。

「ねえ香澄。どうして僕から逃げるの?」

 涼はすでに分かっていた。また香澄は逃げるだろうと。
 これまでの行動原理を考えれば、そんな予測は涼にとって簡単すぎた。
 だから、八島の家で香澄を寝かせている間、八島に気づかれないようにGPSは仕込んでおいた。
 これは、今日香澄と会うと確実に分かっていたからこそ、用意していたもの。
 涼は2度と、香澄を逃がすつもりはなかったから。
 ただ……。

「香澄。鍵を開けっぱなしにしてくれていたのは、偶然だった?」

 流石に、合鍵を作る余裕はなかった。
 だからもしも、香澄がドアの鍵を開けっぱなしにしてくれていなければ、今頃香澄がどうなっていたか分からない。
 
(……まあ……ガラスを割って侵入しても、この場合は住居侵入罪にはあたらないと思うけどね……)

 香澄を助ける、という正当な理由だったから。
 だから鍵が閉まっていたとしても、涼はきっと何らかの方法で、香澄の家に入っていた可能性は十分あった。
 けれど、そうせずに済んだ。
 まるで、それが運命だと誰かが導いてくれているかのように。

「香澄。君が僕から逃げる理由は何?どうすれば、君のことを知ることができる?」

 涼は、香澄と初めて話をした日を思い出しながら、香澄の香りをより深く嗅ぐために、そっと香澄の髪に顔をうずめた。
 香澄もまた、眠りながら涼の背に手を回していた。
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