英雄閣下の素知らぬ溺愛
「ねえ、出てきなよー。ここに入ったの見てたからさー」



「鍵かけてやがる。面倒くせぇなぁ」



 扉越しに聞こえる男たちの声に身震いしながら、令嬢を見れば、彼女もまた怯えた様子で扉の方を凝視していた。その間にも、ドンッ、ドンッという、激しい音が響く。

 扉から目を離すことが出来ないまま、令嬢は「わ、私、この部屋の隣の休憩室で休んでいて……」と、この状況に至るまでの経緯をたどたどしく口にした。



「広間に戻ろうと部屋を出た所で、声をかけられたんです。あ、相手をしろ、と……」



 ぎゅ、と自分の腕に食い込むほどに指に力を入れる令嬢の恐怖が、カミーユには痛いほどに分かった。誰もいない場所。複数人の男。抗えるはずもないと分かり切った状況に、品定めをするように、こちらを見る、視線。

 「うっ」と、思わず口許に手を当てる。咄嗟に頭に浮かんだ光景に、胃の中がひっくり返りそうな心地になって、必死に堪える。



 だめ。不安がっている人の前で……。さらに不安がらせてしまう。



 扉があるから大丈夫。誰もここには入って来ない。そう自分に言い聞かせて、何事もない様子を装いながら、言葉を続ける令嬢を見守った。



「あ、あの方たちは伯爵家と侯爵家の方たちで……、下位貴族の令嬢に手を出してることで有名なんです。多分、顔を見たらすぐに分かると思います。……男爵家の娘である私では、下手に拒否して刺激することも出来ず、逃げることしか出来なくて……」



 「巻き込んでしまって、ごめんなさい……」と、泣きそうな顔で言う彼女に、カミーユはゆっくりと首を横に振った。「謝る必要なんてありません」と言いながら。

 むしろ今の話を聞いて、どこに彼女が謝る要素があるというのだろう。こうして怯えて、震えて。まだ何もされてはいないとしても、その姿は、被害者以外の何者でもなかった。



「どう考えても、貴女のせいじゃないもの。大丈夫。もう少ししたら諦めるでしょうから。それに、あれだけ大きな音を立てているのだから、誰かが気付くかもしれないわ。もう少しだけ、頑張りましょう」



 先ほどからずっと、扉が叩かれている。あまりにも大きな音を立てながら。
 アルベールのために用意されたこの休憩室は、他の休憩室と比べても、最も広間から遠い。けれど、これほどまでに音を響かせていれば、誰かが気付くはずである。

 他の休憩室に誰かがいればもっと良かったのだが、これだけ騒いでいるというのに、扉の向こうの男たち以外の声が聞こえることはなかったので、誰もいないのだろう。
 それよりも気になるのは、部屋の前にいたはずの使用人の存在だった。
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