英雄閣下の素知らぬ溺愛
「何というか、まるで物で釣っているようだな」



 ぼそりと呟かれた言葉。言い難いのか、申し訳なさそうに吐き出されたそれに、アルベールは一つ瞬きをした。
 何を言っているのだろうと、そう思ったのだ。



「まるでも何も、物で釣っているんだが」



 比喩でも何でもなく、間違いなく。
 あくまでも私的な時間のため、口調を繕いもせずに素直にそう口にすれば、テオフィルはその口許を僅かに引きつらせた。「いやまあ、そうなんだろうけれど」と、彼は呟く。

 「それで良いのか?」と。



「物で釣ることが悪いとは言わないけれど……。それでお前の求婚を受けてくれたとして、それで良いのか?」



 テオフィルがそう、少し心配そうな顔で言う。国王として、というよりも、ただの従兄としての言葉だろう。金で気を引いているようなものだから、彼の言いたいことも分かった。

 それでも、今のアルベールには、それしかないのもまた、事実である。
 「良いも悪いもない」と、アルベールは呟いた。



「彼女にとって、今の俺は『見知らぬ男』でしかない。……彼女の恐怖の対象でしかない。物だろうと金だろうと権力だろうと……、まずは、気を引くところから始めなければならない」



 それが、冷静に今の状態を客観視した上での真実である。

 カミーユは男性恐怖症であり、自分は見知らぬ男。だからこそ、まずは気を引くしかないのだ。自分は傍にいても安全な存在だと、そう彼女の意識を塗り替えながら。



 毎日彼女の元を訪れているから、随分と慣れてきてはいるが……。まだ、触れるには至っていないからな。



 同じ空間にいることに違和感はなくなってきているようだが、エスコートを申し出ても、どうしても触れることは出来ないでいるようだった。『知り合いの男性』くらいには格上げできたと思うが。

 それに、テオフィルにはすでに伝えているが、アルベールが毎日持参している贈り物も、実際の所、素直に受け取ってもらったことは一度もない。色々と言葉を連ねた上で、ほとんど押し付けるようにして渡していた。そうでもしなければ、気にも留めてもらえそうにないから。

 まあ、最終的に喜んでくれているようなので、救われているわけだが。
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