英雄閣下の素知らぬ溺愛
「……それで、バルテ伯爵は娘を他国に嫁がせると言ったのか」



 バルテ伯爵邸を訪れた、その翌日の昼前。

 ギャロワ王国の頂点とも言える国王の執務室。定期的にそこに呼び出されているアルベールは、国王テオフィルの言葉に静かに頷く。「さすがに、私や私の家から嫌厭されるのは得策ではないと判断したのでしょう」と、アルベールは執務机の前に立ったまま、続けた。



「私が拒絶すれば、他の貴族たちもそれに倣います。英雄閣下に嫌われるくらいならば、伯爵家との交流を閉ざした方が良いと考えて。余程密接な交流を持っている家門でなければ、今後彼らを受け入れることはなくなってしまったでしょうからね」



 だからこそあの時、バルテ伯爵は提案して来たのだ。家門を拒絶される位ならば、自分の娘を、アルベールやカミーユの目の届かない所に嫁がせる、と。

 そしてそれに、アルベールは応じたのである。他国であれば、それでも良い、と。



「私としては、カミーユに害が及ばなければ、後は全てどうでも良いことですからね。他国と言えば少々バルテ伯爵も渋ってはいましたが、最後には応じてくれましたので」



 影響力がなくなれば、カミーユに害を為すことも出来まい。

 それに、一度ならず二度までも、カミーユを煩わせようとした人間である。その顔すら見たくないと思っていたから、丁度良かったのだった。

 それをそのまま口にすれば、テオフィルは少し呆れた顔になった後、「お前は本当に、罪ばかり作るな……」とぼそりと呟いていた。



「バルテ伯爵家の令嬢がお前に懸想していたとは知らなかったが、まあ、それは良いとして。……私としても、丁度隣国に情報網が欲しかったところだったから、丁度良かった。嫁ぎ先に良さそうな相手を、それとなく流しておこう。令嬢を送る際に、こちらの間諜を潜り込ませておけば良いからな」



 ふふ、と楽しそうに笑う、自分と同じ色の瞳を持つ王の姿に、アルベールはただ「お好きにどうぞ」とだけ返す。
 国王であるテオフィルが画策すると言うならば、令嬢自身にも監視がつくだろう。カミーユの安全のためにも、これ以上ない提案である。

 そもそも、カミーユの傍から脅威が一つでも減るのならば、その相手がどうなろうと、どこへ行こうと、正直どうでも良い。それよりも、だ。



「そろそろよろしいでしょうか。私も、それほど暇な人間ではありませんので」



 こうしている間にも、彼女と過ごす時間が刻一刻と減っていく。そのことの方が、アルベールにとっては何よりも懸念すべき案件であった。

 心なしかそわそわと落ち着かないアルベールの様子に、テオフィルは先ほどの楽しそうな表情を、見慣れた呆れ顔へと変えていて。
 「ああ、もう良い。エルヴィユ子爵令嬢によろしく」と言って、追い払うように手を振った。 
< 71 / 153 >

この作品をシェア

pagetop