英雄閣下の素知らぬ溺愛
 滅多に社交界へ顔を出さないアルベールが必ず訪れる夜会であることもあり、会場にいた貴族たちは我先にとアルベールの元へやって来て挨拶をしていった。朗らかに会釈を交わし、貴族らしい含みのある言葉で会話を続ける。

 中にはもちろん、傍らに寄り添うカミーユに興味を持つ者も大勢いた。良い意味でも悪い意味でも、アルベールの傍は注目の的であった。



「アルベール、ここにいたのか!」



 次から次へと訪れる貴族たちの相手をしていたら、少し離れた所からそんな言葉が聞こえて来て、アルベールと二人、顔をそちらへと向ける。

 同時に、ぱっと周囲の人垣が割れた。声を上げたその人物の進行を妨げないよう、示し合わせたように真っ直ぐに。

 左右に動いた人々の間をゆっくりと歩み寄って来たのは、光り輝くような金色の髪と、深い藍色の瞳を持つ中性的な容貌の一人の男性だった。柔らかな表情にもかかわらず、真っ直ぐに視線を向けるのを躊躇われるような、そんな存在感を持つ人。

 あまり社交界に顔を出さないカミーユでも、その人物の姿には、さすがに見覚えがあった。



「国王陛下にご挨拶申し上げます」



 アルベールがそう言って姿勢を正し、礼の形を取る横で、カミーユもまたそれに倣い礼をする。

 三年前、前国王が急死したことにより、二十六という若さでこのギャロワ王国を治めることとなった国王、テオフィル・ギャロワ、その人であった。

 王太子であった頃から驕ったところのない気さくな人物であるとして有名であったが、穏やかな笑みを浮かべる様は、理想的な君主の姿のようにカミーユには感じられる。

 テオフィルはアルベールの正式な礼に、「楽にしてくれ」と言いながら苦笑を漏らしていた。



「このような場に、英雄と名高いお前が来てくれただけでも喜ばしい事だからな。余興も用意しているから、楽しんでいってくれ。……そしてこちらが、以前からお前が言っていた令嬢か」



 テオフィルはそう言うと、アルベールによく似た藍色の瞳をカミーユの方へと向ける。声をかけられるとは思っていなかったため、びくりと驚きながら顔を上げた。

 血は争えないと言うべきか、アルベールの従兄にあたる彼もまた、端正な面持ちの美丈夫であった。アルベールのように威圧的にさえも見える圧倒的な美貌でなく、女性的な優美さも垣間見えるため、むしろ親しみやすい雰囲気の優男に見える。

 言葉を返そうと口を開いたカミーユに、しかし傍にいたアルベールが庇うように前に出る。「陛下の仰る通り、こちらがエルヴィユ子爵家のご令嬢、カミーユ・カルリエ嬢です」と、彼はカミーユの代わりに応えた。
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