ところで、政略結婚のお相手の釣書が、私のこと嫌いなはずの『元』護衛騎士としか思えないのですが?
あれから3年だ。
アルベール・リヒターは、その手腕と武功の数々、とくに北極星の魔女を打ち取った功績で、王太子殿下の近衛騎士に任命されたという。
近衛騎士として王太子殿下の覚えもめでたい彼は、王都で英雄だともてはやされて、叙勲と領地を賜る話も出ているらしい。
「大出世……。だから、もう関わることなんてないと思っていたのに」
ため息をついた私のことを、慈愛を込めた視線で見つめる執事のセイグル。
白髪交じりの髪と、こげ茶色の瞳。家族みたいな存在の彼が口を開く。
「僭越ながら、これ以上にない婚約相手と存じます」
「そうね……。辺境伯という名がふさわしいと思うわ」
「そういう意味ではないのです」
けれど、私がこの婚約に乗り気ではないのは、アルベール・リヒターが辺境伯家から離れてしまったからではない。結局のところ、彼の活躍でコースター辺境伯領は救われたのだ。感謝している。
でも、彼はとても冷たいのだ。
護衛騎士として、信頼していたし、剣の腕だって抜群だったアルベール・リヒター。
毎日繰り返されていた、会話とも言えない会話が、脳裏によぎる。
『アルベール、ご苦労様』
『は……』(氷のように冷たく射貫くような視線)
『アルベール、誕生日よね? いつもありがとう』
『……は?』(ごみでも眺めるように贈り物を見つめる視線)
――――あれっ? 嫌われている?! これ、どう考えても嫌われていたよね?!
どうして私は、嫌われていないと思い込んでいたのだろう?
そんなアルベールとしか思えない人物が書かれた、名前のない釣書。
これは、もしかすると、英雄ともてはやされる近衛騎士への嫌がらせのために、誰かが仕組んだのではなかろうか……。