遠き記憶を染める色

⑪彼が帰ってきた

彼が帰ってきた



そして‥、甲田サダトは4年ぶりに大岬を訪れた…。
いや、帰ってきた。


彼が到着した夜…、流子は長野の合宿先から、本家の家電にケータイから電話をかけた。
彼女はサダトお兄ちゃんのケータイに直接ではなく、敢えて彼の滞在先である本家に電話を入れたのだ。


受話口には彼女のおばあちゃん、潮田枝津子が出た。


「…おお、流子かい?…ああ、サダちゃんはもう来てるよう。ちょうど今、みんなと一杯始めたとこでねえ…。もう浜人なんか、サダちゃんの踊りのマネしてつまずいちゃってさあ、さっきビールこぼしちゃって…」


電話の”向こう”からは笑い声の混じった会話が聞こえ、流子には和やかな歓談の様子が目に浮かぶようだった。


「…うん、うん。そりゃあ、まあ、えらい男前になって…、早くテレビの中の実物をさあ、あんたに見せてあげたいって、みんなで話しててね。…じゃあ、サダ坊に代わるからね」


程なくして、流子の耳にはカレの声が届く。


***


「…もしもし、流子ちゃん?」


「サダト兄ちゃん…、ええと‥、お帰りなさい!ハハハ…」


「ああ、ただいま。…合宿中なのに、わざわざ連絡してくれたんだ…」


「へへ…、何しろ元気な声だけでも聞いとかないと。やっぱ、心配してたから…」


流子は、さりげなく一番の気がかりを慮っていたようだ。


***


「うん…、メールとかラインばかりで、なかなか電話できなかったからね…。とにかく元気だから…。今、えらいごちそうを用意してもらって、楽しくやってる。海子おばさんや鮎男さんも集まってくれて、歓迎してもらってさ。早速、海に落っこちた時の話で盛り上がってたところだよ」


「そう…。私はあさっての早朝、戻るから。会ったらゆっくりね、お兄ちゃん!」


「あっ、そうそう…。バスタへはオレが車で迎えに行くよ」


「本当ー⁉じゃあ、部活仲間に捕まっちゃうな。サイン覚悟しといて(笑)」


「了解!気をつけて帰ってきてね、流子ちゃん…」


「うん!サダト兄ちゃん、今夜はゆっくりみんなと楽しんで」


二人の会話はまさに弾けるようだった。


やはり、芸能人の仕事ということで、スマホからの電話一本でも何かと気を使い、どうしてもじっくりとは話せないでいたから…。
なので、今夜のリラックスしたサダトの一声を聞けただけでも、流子にとっては4年間の空白がすっぽりと埋めることのできた。


少なくともこの日は、そんな充足感と安心感に浸れたのだ。


***


翌日からの2日間、流子は水泳部の合宿に集中できた。
彼女は秋の大会予選に向けた平泳ぎの100Mレースを想定して、数十本の往復をこなした。


「おお、潮田…、またタイムが上がったぞ!お前、この合宿で化けたか?アハハハ…」


「ハア、ハア…、先生、もう一本行きます。計って下さい!」


「よし!この上行ったら、我が○○高の記録も狙える。行け、潮田!」


「はい!」


”バシャーン…!!”


***


「…流子、ここに来て、一段と気合入ってるなー。あとワンランク、タイム上げたらさ…、マジ、県大会でもいいとこ喰いこめるんじゃない?」


「うーん。でもさ、自由形から転向しなきゃ、もっと進めたんじゃないかな…。彼女のあの馬力と背筋力からしたら、クロールの方が向いてるでしょ?それを、なんでむしろ苦手だった平にねえ…」


「それ、私も聞いたんだよ。そしたら…」


「それで…?流子、なんて答えたの?」


「平の方が”気持ちよく”泳げるからって…」


「はあ…?なによ、それ?」


「まあ、彼女の言葉では、水とのフィット感ってね」


「フィット感ねえ…」


昼休憩まであとわずかの、合宿も最終盤のプールサイド…。
腹を鳴らしたL子とM美が部活仲間を肴に、井戸端会議”合宿プール”バージョンに花を咲かせていた。



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