*夜桜の約束?* ―再春―
 ──元々もう遅い時間なのだし、そういう訳にはいかなかったのだと思おう……。

 凪徒が降車し、後部座席のドアを開けて自分の荷を取ったので、モモもあたふたと胸に抱いている鞄ごと車を降りた。

 回ってモモに近寄った凪徒は、入口を目指して背を向けたが、おもむろに左手を伸ばし、

「ん」

「あ……」

 相変わらずそっけない態度だったが、モモの右手を優しく握っていた。

 ──先輩と……初めて手、繋いだ……。

 けれどその行き着く場所が場所だけに、逃げないよう捕獲されているだけの気もしてしまう。

「モモは、どの部屋がいい?」

 自動ドアの向こうには、部屋の様子を写したパネルが並んでいて、各下にはそれぞれの金額が表示されていた。

「え、えと……」

「宿代なんて気にしなくていいから、自分の好みで選べ」

「は、はい……」

 頭上からの声はいつもの調子なのだが、見ている物の異質さが手伝って、モモにはプレッシャー以外の何物も感じられない。

 それでもキョロキョロと見回している内に、右上の淡い桃色が視界に入り、考えがまとまる前に指差していた。

「あの、では……此処で」

 他のパネルに比べて柔らかなトーンの部屋に、派手過ぎないピンク色を基調とした、細かいチェック柄のベッドが置かれている。

「ああ。何かモモらしいな」

 凪徒も納得が行ったらしく、左端のボタンを押して鍵を受け取り、モモをエレベーターに(いざな)った。


< 14 / 38 >

この作品をシェア

pagetop