聖なる夜に新しい恋を

冬の雨


◇◇◇

「へっぶひょい!」


 途端、口元に広がる不快感。マスクの内側がじっとりと唾液を纏う。
 指先には時折、吹き込んだ雨が伝う。無風ならともかく、小さな折り畳み傘では限度がある。

 12月の雨は冷たい。夜ともなれば尚更だ。冷たい指先を反対の手で覆って、寒さを誤魔化した。



(あーあ……)


 寒さで頭が冴えて、今日の出来事を反芻する。先程バーでひとり浴びるように呑んだ日本酒は、体の芯を温めてくれるが、思考を拭えるほどではなかったらしい。


(潮時、だったのかなあ)


 はあ、と思わず溜息がこぼれた。







 私が、髙山(たかやま)紗礼(さあや)が振られたのは、今日の昼のことだ。珍しく社用スマホに馴染みのナンバーが表示されたかと思ったのに、用件は仕事絡みでは無かった。


「珍しいね、(かず)くんからかけてくるなんて」

『ああ、ちょっと話したいことがあったから。今、昼休みだしいいだろ?』

「うん。どしたの?」





『────別れないか?俺たち』



 突然の別れ話。青天の霹靂、と言えるほど心当たりがないわけではなかったが、完全に不意打ちだった。
 社内の人がたくさん居る中で、こんな話は続けられない。デスクで食べていたコンビニのサンドイッチを置いて、通話しながら非常階段へ向かった。

「……そんな、すぐに決めなくてもいいんじゃない?今度クリスマスに会ってから考えても」

『そのクリスマスを、紗礼以外の人と過ごしたいと思ってる』

「っ──」


 息を呑む。声が出ない。こうなるかもと考えていたが、目を背けたのは私自身だ。
 覚悟のない私に、和くんは続ける。


『ほんと、俺の我が儘なのはわかってる。でも……紗礼と今後もこの関係を──遠距離での付き合いを続ける自信が、もう俺にはないんだ』


 納得半分、諦め半分。彼には愛も情もある。ただ、気持ちが追いついていないのは、私も同じ。
 すがるように連絡を入れるとき、彼と話せる楽しみより、連絡を寄越さない彼に小さな苛立ちすら感じていた。彼を追いかける“恋する自分”に疲れていたのかもしれない。


「────そうだよね、離れてからは重荷になってたかもね、私。……和くんの幸せのためなら、これ以上関係引き延ばしたって仕方ないよね」

『紗礼…………っ、ごめん』


 電話の向こうで謝る彼の声は震えていた。



 (たつみ)和之(かずゆき)とは──和くんとは、社内恋愛だった。同期で入社して、研修で意気投合して、付き合って。このまま結婚まで行くかもとすら思っていた。

 ──転勤までは。

 和くんはこの春から大阪へ。私は管理部署から営業へ異動になってもが、東京本社のまま。
 ゴールデンウィークまでは数回行き来して楽しく過ごせたが、雲行きが怪しくなったのは6月頃。

[夏でも色白たまご肌♥ドラスト隠れ名品3選]

 そんな表題が社内を駆け巡った。
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