聖なる夜に新しい恋を
 その中のひとつが、【ピュア・リピュア ホワイトエッセンス】。弊社、株式会社fleur(フルール)の化粧水だ。ビタミン誘導体が優秀!肌なじみ◎などとコメントが続く。

 ──美容系インフルエンサーがSNSで流したショートムービーは、ひと晩のうちに市場を変えてしまった。

 欠品だとお怒りのお得意先は、和くんをはじめとする営業マンが頭を下げて周り、私も生産部門への応援で一時的に工場へ行った。それでも、盆明けまでは社内はバタバタ。さほど大手でもない弊社は、SNSバズの影響をそれはそれは大いに受けた。
 二人の逢瀬も回数が減り、連絡が減り。盆には『移動による感染拡大』とテレビが吠え、果ては世間も敵になった。

 秋の連休も会えないまま。それでも、クリスマスくらい二人で楽しく過ごそうと、私から和くんに提案した。毎回こちらからかける電話口でのあまり乗り気じゃなさそうな声と、OJTで指導する後輩の成長を楽しそうに語る声色の違いなんて、長い付き合いだからすぐわかってしまった。


(私より後輩ちゃんのほうが────)


 電話を持つ手に力が入る。無理にでも会おうとしなかった私が悪いのか?と自問自答しながら、迫るクリスマスに向けてプレゼントを練っていた。
 正直、別れることは頭にあった。でも、ここまで来て引き返したくない気持ちもあった。自分で見て見ぬふりをしては、好きな人にもう一度振り向いて欲しくて、こちらからアタックしてばかりで、空回りして……。


「……とりあえず、これからも同期としてよろしく、ね?」

『…………そう、だな。こちらこそ』


 電話の向こうの声は弱々しくて、今すぐにでも抱きしめたい。でも──その役割は、もう私は適任じゃないんだと自分へ戒めて、それじゃあと電話を切った。





 振られたっていうのに、なんだか清々しいような、胸のつっかえが無くなったような、不思議な感覚だった。デスクに戻ってからも、いつもと変わらないサンドイッチの味。入社から4年も続いた関係を断ったのに、あっけない幕切れ。驚くほど何も変わらない。

「────はあ……呆れた」

 もちろん彼にじゃない。あれだけ愛した人と別れても、涙ひとつ出てこない自分に、だ。

 もしかすると、意地だったのかもしれない。私ももう27だ。大学時代の友達の結婚式に呼ばれては、ご祝儀をばら撒いて、周りからも新卒からなんて長い付き合いだもんね、なんておだてられて。さあ次は自分だと勝手に意気込んでいただけなのかもしれない。
 冷めたのは彼ではなく、“恋する自分”に対してだったのか?


「……さ、仕事仕事。午後のwebミーティングの入口どこだっけ」


 そう独りごちて、スクリーンセーバーが揺らめくパソコンのマウスを手に取る。左手の残り少なくなったサンドイッチを口に押し込んで、昼休みにもかかわらず仕事に戻った。

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