聖なる夜に新しい恋を

「ひあっ!」

「紗礼さんがちゃんと帰れるか心配だから。連絡とれれば、どうなったかわかるじゃん?」


 コートのポケットに侵入してきた彼の手は、スマホを掴んだ私の手ごと、外の世界へ連れ出してゆく。彼は両手にそれぞれのスマホを持ち、器用に操作を始めた。


「あ、あの!連絡先なら名刺にありますから!」
「社用メールなんて、今日もう見ないでしょ」

「……まあ、そうですね」

「それじゃ意味ないって言ってんの」

「ゎわっ!」


 ぐいっと指先を移動させられ、何事かと見上げると、彼の手の中で指紋認証が突破されていた。

 ロック解除後に表示されたのは────和くんとのトーク画面。『クリスマス会うとき、ここ行かない?』と、先週末に私から送ったリンク付きのメッセージが既読になってからは、返信もなく時が止まっている。
 思い出を振り返りながら、先程まで独りで呑んでいたことを思い出し、ちくりと胸が痛んだ。未練がましいとは思うが、別れてまだ丸一日も経っていないのだ。




「…………彼氏?」


 彼の声が降ってきた。今までよりワントーン低いのは気のせいだろうか。


「……いえ」

「じゃあ片思いだ」

「それも違います。勝手に決めつけないで下さい」

「……クリスマス、こいつと過ごすの?」

「っ、三田さんには関係ないでしょう!」


 心の傷までえぐってくるなんて。どうしてこうもデリカシーがないのか。
 こんな奴に個人情報の塊を渡してはおけない。精一杯の背伸びで手を伸ばす。


「とにかく!スマホ、返して!」

「おーいいね、敬語抜けてて。それで話そ!」

「うるさいっ!早く返して!」

「ん〜、ちょーっと待ってて〜」


 頭二つ程だろうか、背の高い彼にはまず届かない。スイスイと彼の指が画面の上を滑っていく。彼を下から見上げると、呑気に返事をするたびに大きな喉仏が上下していた。


「はい、かんりょー」

「……」


 見せられた画面は、彼と私のトーク画面。よくわからない踊る猫のスタンプが、にゅるにゅると動いている。


「紗礼さん、ちゃんと着いたら連絡入れてね」

(……やっぱり、関わらないのが吉だ)


 手元に帰ってきたスマホをコートのポケットに雑にしまうと、カバンと折り畳み傘を手にする。彼の言葉には無視を決め込んで。

 歩き出してすぐに、ぐっと体が止まった。……先程までと同じように、腕に圧を感じる。また腕を掴まれたのが、見なくてもわかるほどに。


「お願い。今日だけは連絡入れて。明日からブロックしてもいいから」

「……」

「紗礼さん、」
「わかりましたよ!……家に着いたら連絡します。だから、もう離して。早く帰らせてください」

「……ありがと」


 優しい声色の言葉に、何故か少しだけ動揺した。

 来た道を戻る途中、後ろからは「もう遅いから気をつけてね!」なんて明るい声がした。もちろん振り返ることも返事をすることをなく、見知らぬビルをあとにした。

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