聖なる夜に新しい恋を
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「それでは頂いた案、社内で揉んでみますね」
「ええ、お願いいたします。案が絞れたらバリエーション展開しますので」
「いえいえこちらこそ。ではまた近日中にご連絡します」
下はチノパンだが、モッズコートにトレーナー、そして足元はスニーカー。オフィスには到底似つかわしく無いが、クリエイティブな人らの格好なんてそんなもん。
今日の目的は、新商品デザインの初回プレゼン。毎回緊張するが、今回は我ながら良いのが出来た。先週から練っていたものに加え、週末にひらめいた案を月曜のうちに無理やり形にして追加した。コンペでもないので受注は確定だが、手直しの少ない良い返事を期待したいところだ。
担当の児玉さん一礼して、fleur本社をあとに──するはず。だったのに、一礼後に顔をあげたとき、ふと奥に人影が見え、目をみはった。
髪型は全く違う。でもあの暗い色のコートも、ちらりと見えた横顔も、あのとき見た──。
「紗礼さんっ!」
これは賭けだ。人違いなら馬鹿丸出しだ。それでも、考えるよりも先に口が動いていた。
一拍置いて、こちらへ顔を向けたその人は、確かに彼女だ。会えたことに喜んで、つい顔がほころんでしまう。
近くまで足を運べば、露骨に嫌な顔をされた。……まあそうだろう、この間のことを考えれば、十中八九嫌われているだろうし。
「まさか会えるなんて。あ、ライム見た?」
「……お、お久しぶり、です。三田さん。」
「え、何、二人とも知り合いなの?」
「こっ、コジマさん!」
「コダマだよ!ったく、他所様の前でまで振るなよ、髙山。それよりどしたの?もう彼氏出来た?まさか乗り換え?」
「ちッ違います!これには訳がありまして……」
児玉さんの問いに、そう答える彼女。近くで見ると、短くなった髪がふわふわと揺れて、手を伸ばして触れてみたくなってしまう。
対して彼女は、こちらをまともに見ることもなく、目線は合いそうもない。意地悪かもしれないが、頭を彼女の顔まで下げて、覗き込みながら話しかける。
「酔い潰れてちょっと、ね?」
「っ、三田さん!そんな紛らわしい言い方しないで下さいっ!」
「えー、間違ったこと言ってないしー」
「間違ってます!大体、酔い潰れてなんか……」
「ストップストップ、二人とも落ち着いて。ここ会社なんだから、そこまでプライベートな話はちょっと」
児玉さんに制止され、会話が中断した。それもそうか、会社のエントランスでこんな痴話喧嘩同然の馬鹿騒ぎなんかご法度だろう。少し下がって頭をぺこりと下げる。
「大変失礼しました、児玉さんにこんなこと言わせてしまって。紗礼さん、せっかくだから時間取れない?」
「……何でしょうか」
「ここじゃ迷惑だから、外で話そう。そこ出て左にあるフタバでいい?」
「…………わかりました」
はあ、と溜息を吐いて、あからさまに不機嫌そうな彼女。わかったと了承したのは、これ以上社内で揉めたくないからだろうか。彼女が乗るつもりだったであろうエレベーターは、無人のまま上層階へ消えて行った。
「児玉さん、ではまた後ほどよろしくお願いします」
「はい、また決まり次第ご連絡します」
「それじゃ、行こっか」
「……はい」
入口へ向き直って歩き出せば、一応来る気があるのか彼女も後ろをついてくる。
fleurの本社ビルを出て、ガラス越しに児玉さんに一礼する。ガラスの向こうには、律儀に一礼を返してくれる児玉さんと、目元が般若のように釣り上がった受付嬢たちがこちらを見続けていた。