聖なる夜に新しい恋を





 電車に揺られた後、最寄りから歩き出した。先週末のどんよりした心が、商談成功で少しだけ明るくなり、足取りも軽くなる。


「さあて、仕事仕事っと」


 四谷の一角、細く小さな自社ビルの一階エントランスはガラス張りで、【ピュア・リピュア】ブランドをはじめとするNB商品たちが、キラキラと太陽光を反射しながら通りから見えるように陳列されている。その仮面も来客が来る一階だけで、二階より上はお洒落さも無い、ただのオフィスだ。

 社員用の裏口から社内へ入ると、正面玄関からはではまたご連絡します、なんてやり取りが聞こえた。お客様の送り出しのようだ。
 受付さんの一人がこちらに気付き、マスク越しでもわかるような笑顔でさっと会釈される。流石は受付嬢、外からわかる笑顔は、殺伐とした感染砂漠ではオアシスのようだ。

 軽く会釈を返して、ボタンを押してエレベーターを呼びつける。会社へ帰ってきて安心したのか、マスクの下で大あくびをしながらエレベーターを待っていると、


「紗礼さんっ!」





 ──聞こえるはずのない声。驚いてあくび後の口が閉じられず、ぽかんとしたまま声の方を見た。

 そこにあったのは、送り出されていた人──三田さんが、手を振りながら受付嬢顔負けの笑顔でこちらへ近づいてくる姿だった。

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