聖なる夜に新しい恋を
職務と約束
扉を開けると、ドアチャイムがカランカランと鳴った。上の階からは、お昼は過ぎたというのにおいしそうな香りが漂ってくる。
二階へ上がれば、もう既に準備が整った状態だった。
「すみません、遅くなりました。天照の三田です。本日はよろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」
今日はここのキッチンスタジオでの撮影立ち合いだ。鼻をくすぐる香りの正体は、株式会社丸美園が発売する惣菜の素『スグデキ!中華』シリーズのかに玉。パッケージリニューアルに伴い、写真も新しいものにするらしい。
デザイナーとはいえ、うちの会社は打ち合わせから撮影立ち合いまで一貫して担当デザイナーが行う。その方が話は早いが、細々したことで連絡が入るのは少し厄介だ。
「もう丸美園さんはお見えですか?」
「いえまだ。もうすぐだとは思いますが……」
「では、今のうちに少しセッティング確認させてください」
幕の垂れたそこへ近付き、撮影機材や対象を確認する。ストロボの位置から盛り付ける皿、果ては湯気の見え方まで見るものは様々だ。今回の構図は盛り付け写真のみで、箸上げのカットが無いので、早めに終われそうだ。
ざっと確認していると、チャイムの音が聞こえ、程なくして人が見えた。
「あ!三田さん!本日はよろしくお願いします〜」
「こちらこそよろしくお願いします。佐伯さん、今日はおひとりですか?本担当の鈴木さんは?」
「それが急遽工場で試作予定が入りまして〜」
「……そうですか」
相手は食品メーカーだ、そういうこともあるだろう。だが、いくら人不足とはいえ、秋から配属された新卒ひとりを寄越して撮影だなんて。
それに、この佐伯という女は好きではない。こちらに惚れ込んでいるのか、仕事そっちのけで媚びてくる感じが受け付けないのだ。メーカーは確認役で撮影に直接手を出すことは無いが、食品の撮影にシンプルといえどもネイルや下ろし髪で来るのはいかがなものかと個人的には思ってしまう。
「お荷物はこちらへ。準備は出来ていますので、さっそく撮影していきましょう」
「はあい、お願いしまーす」
女の返答に、キッチンではコンロがチチチと声を上げた。湯気込みの撮影は、出来立てでないと意味が無い。ここからはスピードと数で勝負、いくつものかに玉を作って撮影していくのだ。
出来上がりまでの間に、俺はスマホを手に取り電話を掛け始める。本担当が立ち会えないことを上に仰ぎ、料金云々を確認しておかなければ。
電話の間もこちらを見つめてくる女の視線に、少々嫌気が差した。