聖なる夜に新しい恋を
◇◇◇
「い、今からですか!?」
『はい、10分以内に秘書室の前までお越しください』
秘書からの電話が切れると、慌てて書類や電卓を準備し始めた。稟議決裁のため午前中には社長にアポイントを入れたが、急遽時間が取れたからと当日中に呼ばれるなんて。
(今日なんて、上の人全員居ないじゃん!)
社長決裁は上司か、居なければ管理職と伺うのが基本。だが、今日に限っては人が居ない。大手ドラッグストア『キヨマツ』グループの年末挨拶で、全員出払ってしまっていた。
(とりあえず連絡だけ入れとこう。勝手に決裁もらって後からいろいろ言われたら面倒だし)
パソコンから課長へメッセージを飛ばしておく。どうせ見てはいないのだが、報連相を怠っていなかったことだけでも残しておくのが、こういうときには吉なのだ。
メッセージが送られる。メッセージ横の表示時刻は、定時20分前だった。
エレベーターへ乗り込むと、途中の階で止まり新たに人を拾う。ここは、商品企画のフロアだから──。
「お、髙山。お疲れぃ」
「コサカさん、お疲れ様です」
「コダマだよ!ったく。もしかして高山も社長に呼ばれた?」
「はい、ソテツドラッグの来夏スポット販売の案件で」
「ソテツさんか。何出すの?日焼け止め?」
「化粧水です。昨日商談でD配合に決まって、これから社長決裁なんです」
「ほーDかあ」
もともと研究職だった児玉さんは、配合の話も早い。こういうエレベーターでの何気ない会話が、原料や生産部門へ根回しするときに案外後で響いてきたりするものだ。児玉さんは何故か私の話を聞いて、タブレットパソコンをスイスイと動かし始めた。
「そう言えば、児玉さんは何の案件ですか?」
「俺は──着いたな、後で話すわ」
ポーンと電子音が鳴って、エレベーターが到着を告げる。降りると秘書が待ち構えていて、すぐに社長室へと案内された。
「悪い髙山、先にお願いできるか?」
「わ、かりましたっ」
エレベーター内でタブレットパソコンを触っていた余裕は何処へやら、バタバタと書類を出し始める児玉さん。正直先に入れと言われると緊張するが、今は順番を気にしている場合では無い。重厚な扉をノックして、社長室へと入ってゆく。
「失礼します、第二営業部の髙山です。」
「ああ、何の案件?」
「来夏スポット販売のソテツドラッグPB化粧水の稟議決裁をお願い致します。ロット数は……」
説明を始めると、社長は手元のパソコンを見て確認している。話している最中にも、後ろからカチャリと児玉さんが入室する音が聞こえた。