聖なる夜に新しい恋を

「……い、言いたくない」

「出来れば、紗礼さんの正直な気持ちが聞きたいかな。返事次第では撤退も考えなきゃだし」

「撤退?」

「そ。俺は紗礼さんのこと好きだからさ」


 好き、だなんて。彼の言葉に心臓がドクンと跳ねた。彼の好意はわかってはいたものの、こうも面と向かって伝えられると恥ずかしさを感じる。


「…………わからないの」

「何がわからないの?」

「人を好きになることが、わからないの。たぶん、正しく人を好きになったことなんて無いから」


 彼の問いには答えられない。自分の中でさえ心の整理がついていないのだから、答えられる訳が無かった。

 和くんとは恋愛をしていたはずなのに、それですらどうだったかわかり得ない。思い返せば恋に恋するような、浮ついた気持ちと存外薄っぺらい感情で成り立っていた和くんへの気持ちは、果たして『好き』と呼べる代物なのだろうか。

 テーブルの向かいからは、グラスを置く音と小さな溜息が聞こえた。少なくとも、彼の思う回答を返せなかったことは容易にわかる。──彼より長く生きているのに、本気になれたことが無いなんて。味気ない女だと軽蔑されただろうか?


「……好きに正しいも間違ってるもある?そんなの無くない?」

「へ?」

「好きは好き。それ以上も未満も無いよ。あるのはライクかラブかの違いくらいじゃない?友情でも恋愛でも好きは好き。でしょ?」

「そうなの、かな」


 好きは好き、か。──何だか、和くんへの気持ちを肯定されたようだった。すとんと自分の中で腑に落ちた。もやもやと整理のつかなかった鉛色の心の中が、少し晴れていくようにすっきりとした気持ちになっていく。
 あの気持ちは、確かに『好き』だった。期間は長かったけど大恋愛とかそんなんじゃなくて。でも、若い頃の私なりに、彼に恋をしていたのだ。

 腑に落ちると同時に、ふっと心が軽くなる。今まで自分に言い聞かせて無理やり割り切っていたのが、嘘のようだった。


「じゃあ聞き方変えるけど……気になる人はいる?」


 再び彼が口を開いた。


「気になる人って、」

「もちろん、ラブの方。別に何処の誰かなんていいから、いるかいないかだけ知りたいな」

「っ、それは……」


 ──貴方です、なんて言えっこない。でも、あの目に見透かされるようで、嘘もつけない。


「…………い、る」


 振り絞るように、小さな声を吐いた。

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