聖なる夜に新しい恋を

「ほんと、凄い香り……乳製品って感じ」

「……もしかして紗礼さん、チーズ苦手だった?」

「ううん、大好き」

「っ!」


 途端、彼がばっと振り向いて立ち止まった。店内の照明の色だろうか、ほんのりと色付いた頬が彼のマスクの端から見えた。見開かれた目に射抜かれ、こちらも足を止めてしまう。
 ──何かまずいことでも言っただろうか?思い返しても、心当たりは無い。


「な、なに?」

「…………ごめん、何でもない」


 前へ向き直って、歩調を早めて彼が店の奥へ足を進めてゆく。大木を切り出した木目が美しいテーブルは、お店と同じくあたたかみがある。席に着くと、ラミネートされたメニューを彼から渡された。


「こんなにいろいろ……あ、ラクレットおいしそう!」

「今日は席だけの予約だから、好きなの頼もう。俺はおやつがかに玉だったから、少なめで頼もうかな」

「かに玉?おやつに?」


 おやつにかに玉とは、大食漢だと恐れ入る。聞き慣れない文脈にオウム返しに聞き返すと、目の前に座る彼が小さく笑っていて。──あの美貌にあの笑顔は、本当に心臓に悪い。まあ、当の本人は自覚が無いのだろうけど。


「かに玉のことはあとで話すよ。飲み物どうする?ワインなら適当に選んでふたりで開けよっか」

「うーん、ワインかあ……白なら……」

「……もしかして紗礼さん、ワイン苦手だった?」

「ちょっとだけ。実は、前に悪酔いしちゃってから避けてるの。もし良かったら、別の頼んでも良い?」

「そっか、ごめんね。俺が勝手にお店選んじゃって。俺もグラスで貰うから、好きなの頼もっか」

「うん」


 そんなやり取りをして、フードとドリンクを注文する。しばらくして、赤ワインのグラスとジンフィズが運ばれて来た。チーズの盛り合わせも同時に運ばれ、小さな国旗とチーズの乗ったプレートがテーブルに置かれた。何やら長いカタカナの名前のチーズばかりのようで、いまいち聞き取れないまま、店員さんの説明に意味もなく頷きその場を収める。


「チーズ4種盛りだって。5種類ありそうだけど……」

「今の聞いてなかった?まあいいや。紗礼さん、ほらグラス」

「あ、うん」

「……乾杯。今日も一日お疲れ様」


 チン、と高い音とともにグラスが同士が出会い、そして離れてゆく。その光景が、何だかふたりのキスみたいだなんて馬鹿馬鹿しいことを考えてしまって。そんな考えを取り払うように、マスクを外してグラスを口にした。炭酸がしゅわしゅわと口内で弾ける。
 テーブルの向こう側では、彼が優雅にワインを回していた。イケメンにワイン、何と絵になる組み合わせかと感心する。


「単刀直入に聞くけどさ、」

「……うん」


 グラスを置きながら話し始めた彼の言葉に、少しだけ体が固くなる。


「好きな人、いる?」


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